「日活を離れた時は、えらいことになったと思いました。潰しのきくような仕事ではないから不安でね。それから数年、テレビドラマに出るようになって、業界の人に名前くらいは知られていたんだと思う。それで久世さんから話が来ました。最初は『おはよう』というホームドラマで、後の『時間ですよ』と同じような役をやりました。
『時間ですよ』は視聴率が三十パーセントを超えていましたが、それがどういうことなのかは最初は分からなかった。ところが、放送から一か月も経つと、町を歩いたらすれ違う人に振り返られるようになりました。映画を十年やったのに、そんなことはなかったわけですから。
あれは久世さんが作ってくれた役で、僕は言われた通りに演じました。セリフがたまにあると、『しゃべるまでに、もっと時間を置いて』と言われて。だから、周りが『いつ喋るんだ、この野郎』と思うくらい、一つのセリフを口に出すまで時間をかけたという記憶があります。
あの当時のテレビドラマのスタジオ、特に久世さんのエンターテインメントの世界というのは物凄く力がありました。世の中の風俗の流れに追随するんじゃなくて、風俗を引っ張るくらいの影響力があった。現場に凄く自信のあった時代でした」
■春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
※週刊ポスト2015年10月30日号