2019年、就職氷河期世代支援のため設置した新組織がつくられた。看板を掛ける西村康稔経済財政担当相(当時、時事通信フォト)

2019年、就職氷河期世代支援のため設置した新組織がつくられた。看板を掛ける西村康稔経済財政担当相(当時、時事通信フォト)

 しかし派遣の現場環境も、コロナで一変した。緒方さんの会社では、100人ほどいた派遣社員が年齢順に半分以下になるよう調整された。緒方さんはギリギリのところで派遣切りを回避できたが、出勤日数を3分の2程度に減らされた。正社員には休業手当が出る、という話だったが派遣には話すら回って来なかった。職場環境の変化を感じていたある日、派遣会社の担当者に呼び出された。

「業務がないから、別室で業務改善に関する資料を作ってほしいと頼まれました。変な仕事だと思いましたが、行ってみるとそこは工場の片隅にある古い会議室。事務職の派遣さんや工員10名くらいが集まっていて、そこでレポートを書けと言うんです。いわゆる追い出し部屋です。テレビや新聞で見たことはありましたが、まさか自分がと思いましたね」(緒方さん)

 レポートは、コロナ禍で稼働率が低下したことを受けて、現場作業員として何ができるかを書け、というもの。そんなアイデアがあるならとっくに誰かやっていそうなものだが、それをひねり出せという。結局、答えのない質問である。あるわけのないアイデアが出ないことを逆手に取り、出勤を減らす口実作りのための「業務」なのだと気がついたという。

「事務の派遣さんもつらそうでした。同じ事務の正社員のほとんどはリモートワークで、出勤しているのは、ほとんどが派遣。出勤しての仕事といえば、リモート中のパソコン音痴な正社員上司のサポートです。別の派遣事務員さんはリモートになったと喜んでいましたが、正社員には貸与されるパソコンや携帯もなし。電話代や通信費も自己負担で大変だといっていました」(緒方さん)

 決定的なことは他にもあった。

 昨年のゴールデンウィーク明け、会社が入手したマスクが社員に配られることになったが、正社員は一人50枚だったのに対し、派遣はゼロ。誰かが抗議したらしく、派遣への配布も決まったが一人たったの一枚のみ。洗って使えと指導され、指示通りに洗いざらしのマスクで仕事をしていると、正社員の女性から冷たい視線を向けられた。

 そしていうまでもなく、ワクチン接種が広く国民に行き渡り始めた今も、強烈な格差、分断を感じ取っている。

「会社内でワクチンが接種できるそうですが、非正規には案内すらきていません。社内には、コロナ禍以降、正社員しか入れなくなった喫煙所があって、たまにこっそり利用するのですが、正社員が『ノーワクチンの派遣は怖い』と話しているのを聞きました」(緒方さん)

 派遣社員と呼ばれる人たちについて、世間は「自分で選んだ道」と指摘したがる傾向にある。しかし、新卒の就職がうまくいかない場合のやり直しが不可能に近い日本の就業環境のなかで、就職がしづらかった時期に社会に出ざるをえなかった人たちには、選択する権利すらなかった。その事実の前で、もはや派遣を「柔軟な働き方」などと表現することは不可能で、多くの国民が「ごまかし」だと気がつき始めている。そして現在、コロナ禍で、どれほど「派遣」が置かれた状況が悲惨なものだったか、やはり多くの国民が目撃しているはずである。雇用の調整弁だとこれまでも言われてきたが、雇用だけでなく、正社員の不安の調整にも利用されているような有り様だ。

 緒方さんはさらに「社会の最底辺だった派遣の下の層が形成されつつある」と危機感を抱く。社会になんとかしがみついている派遣なのに、さらにその下の階層が出来てしまえばどうなるのか。より悲惨な状況に追い込まれている人々がそこに押し込まれ、貧困層のさらに下、最貧困層が形作られ、彼らよりはマシだと思わせることで派遣の雇用環境をよくしようとする動きが封じられるのではないか。より下をつくることで、本来、解決すべき問題が放置されるどころか酷くなるのでは、というのが緒方さんの見立てである。アフターコロナの世界では、派遣の立場が少しでも改善するのか、それともこのまま、弱い立場として世間に置き去りにされるのか。

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