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『日本沈没―希望のひと―』4割が移民はしたくないリアリティ「日本人として捨てられないものもあります」

 TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。前回にひきつづき、小栗旬主演『日本沈没―希望のひと―』)を、ドラマと昭和史に詳しいライター・近藤正高さんが、第7話(11月28日放送)、第8話(12月5日放送)の流れを追いながら深く考察します。今週日曜(12月12日)いよいよ最終回!

緊張感あふれる外交交渉

 日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』は、第2章に突入してからというもの、日本沈没という危機に際し、国民を他国に移住させるべく主人公の天海啓示(小栗旬)たちが外交交渉に奔走している。

 交渉相手との緊張感あふれる駆け引きは、日曜劇場でもこれまでさまざまな作品で繰り返し描かれてきた。だが、中国やアメリカといった大国相手の駆け引きとなると、おそらく本作が初めてではないか。

 11月28日放送の第7話では、天海の提案で、総理の東山(仲村トオル)と副総理兼財務相の里城(石橋蓮司)がそれぞれアメリカと中国に対し、双方の国の駐日大使と秘密裡に交渉を行う。高い技術を有する生島自動車の移転を取引材料にして、より多くの移民を受け入れると申し出てくれたほうに同社移転を約束するという目論見であった。

 その結果、中国がアメリカを上回る数を示し、交渉妥結かと思われた。しかし、東山が焦るあまり独断でアメリカと約束してしまっていた。アメリカ政府は先手を打って生島自動車と自国の自動車メーカーとの合併を発表、ここから中国政府は日本に強い不信感を抱き、交渉遮断を通告する。それと同時に日本沈没という事実も世界中に知れ渡ってしまう。おかげで日本経済は大きな打撃を受け、国民は不安に突き落とされる。

田所博士(香川照之)を陥れた黒幕は!

 本来の外交交渉であれば、官僚が事務レベルで事前に調整を進め、ある程度話を固めた上で、それから総理なり副総理なりが相手国の首脳と会談するはずで、ドラマのようにいきなり総理自ら大使に話を切り出すことはないだろう。それでも、このドラマにおいては、総理が率先して動かなければならないほど事態は差し迫っているのだと考えれば、けっして不自然ではない。

 米中双方と交渉するにあたり、それまで対立していた東山と里城が手を組んだ。これと前後して、先に関東沈没に関するデータ隠蔽の発覚により失脚した地球物理学者の世良(國村準)も再登場して、かつての宿敵・田所博士(香川照之)と手を組むことになる。両者のあいだを取り持ったのも天海だった。天海は、田所が無実の罪をきせられ東京地検に身柄を拘束された際、彼の代わりに日本沈没に向けてデータ分析ができるのは世良しかいないと、本人のもとを訪ねて頼み込んだのである。

 それまで対立していた人物たちが手を取り合う一方で、田所を陥れた黒幕が、東山の懐刀であった官房長官の長沼(杉本哲太)ということが判明する。長沼は、日本沈没という未曽有の危機に際し、つい自分だけでも海外に逃げ出そうと、田所の冤罪をでっちあげ、ひそかに汚職に手を染めていたのだった。

 ただ、長沼の気持ちはわからなくもない。祖国がなくなってしまうとわかったなら、筆者も正気を保っていられるかどうか自信がないからだ。そう考えると、けっして希望を捨てない天海たちの精神力はやはりすごい。

俳優・石橋蓮司の凄み

 続く12月5日放送の第8話では、日本が中国に対しますます苦しい立場に置かれるなか、天海はなおも策を練り、日本人が企業の移転先で土地を開拓し、街をつくりあげるという「ジャパンタウン構想」を打ち出した。ただ、これを中国政府に真正面から提案すれば、交渉が白紙に戻される恐れがあった。そのため、天海はさらなる秘策として、中国の元国家主席・楊錦黎を介して中国政府に働きかけたいと、楊とは旧知の関係である里城に持ちかける。

 ここで登場した楊元主席は、セリフはほとんどないもののラスボス的な存在感を漂わせ、強く印象に残った(演じていた俳優が誰なのか気になる)。天海と里城も圧倒されそうになりながらも、自分たちの構想を提案する。このとき、楊の「あなたたち日本人は(移住して)中国人になれますか?」との質問に対し、天海は一瞬たじろぎならも、「もちろん我々は中国の長い歴史と文化に大いなる敬意を抱いています。しかし、日本人として捨てられないものもあります。中国人になれるとは……簡単にはお約束はできません」と毅然と答えた。

 これを受けて楊は一冊のアルバムを見せる。そこには、40年前に里城が率いて日本の企業団が訪中したときの写真があった。楊はあのときの恩義を返したいと、主席に日本側の意向を伝えると約束してくれたのだった。

 果たして中国は本当に天海たちの構想を受け入れてくれるのかどうか。後日、東山や天海らが首相官邸で回答を待っていると、里城がこわばった表情で現れた。里城はそのまま黙って東山に歩み寄り、いきなり右手をつかんだかと思うと強く肩を抱きしめる。そして一言、「やりましたよ、総理!」──。緊張を高めておいて一気にそれを解く、絶妙な間の置き方に俳優・石橋蓮司の凄みを感じた。

海外移住を拒む国民

 中国との交渉妥結を機に、他国に対しても移民交渉が着実に進んでいく。だが、それで不安が完全に消えたわけではない。移民の手続きにはなおもさまざまな問題を抱え、海外移住を拒む国民も天海たちが思っている以上に多かった。天海の母の佳恵(風吹ジュン)からして、息子から一緒に移民申請をしようと持ちかけられながらも、生まれ育った場所にとどまろうとしていた。

 劇中では、国民の4割近くが移民を希望しないという世論調査の結果が出てきたが、これも妙にリアリティのある数字だ。現実にはありえないとはわかっているものの、もし日本列島が沈没するなら、筆者も外国に移住するよりは、そのまま日本にとどまるほうを選んでしまうような気がする。現実世界でも、紛争などで多くの難民が生じるケースが後を絶たないが、それに対し移民排除の動きも各国で強まっている。それを思えばなおさら、残念ながらやはり現実には日本人が簡単に移住先の社会で受け入れられるとは思えない。

 それでもこのドラマはあくまで希望を描き出そうとする。第8話の終盤、天海は記者の椎名(杏)に呼び出されると、街頭の大型ビジョンに、各国の人々から日本人に向けて移民を歓迎するとのメッセージが流れるのを目にする。

 そんなふうに希望の兆しが見えたのも束の間、東山総理と世良元教授の滞在するホテルで爆破事件が起きたとのニュースが天海たちのもとに飛び込んでくる。いよいよ次回は最終回(2時間3分の拡大版!)。最後にはきっと副題にある「希望のひと」が現れるものと信じたい。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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