連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第127回 兄のアレがバレました】

 若年性認知症が進行し、トイレの場所がわからなくなってしまった兄がベランダ用を足してしまうことをやめさせられない妹のツガエマナミコさん。今回は思わぬことから、兄の症状を同じマンションの人に打ち明けることになってしまったお話です。

 今年も「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。

 * * *

「最近どこからかアンモニア臭みたいな匂いがするんですけど」

 いやはや昨今のテクノロジーはたいしたものでございます。ツガエは先日、米国ロサンゼルス在住の日本人の女性にZoom取材をいたしました。時差の関係で深夜だったので、お風呂あがりのパジャマ姿(もちろん画面で見えるところは取り繕いました)でもって超すっぴん。自宅にいながら海外にいる方を取材…そんなことをしている自分が不思議でございました。会話で感じる音のズレも国内のZoomとまったく同じ。画面の向こうがロサンゼルスとは思えない鮮明さで、文明が進んだ令和を生きていることを実感いたしました。

 それはさておき、今回はアレです。ついにお隣りから苦情が来ました。苦情というとたいへん語弊があり、結果的にはやさしく受け入れていただいたのですが、「ベランダでオシッコ」の実態に気づかれてしまいました。

 ある朝、ピンポンが鳴り、インターホンのモニターを見るとマスク姿の女性が映っており、「おはようございます。〇〇号の□□です。ちょっとお話したいことがあるのですが、今、下まで来ていただけますか?」と呼び出されました。それは現理事長の奥様。「ちょっとお話したいこと…」。頭をよぎったのはやはり兄のこと。「何を言われるんだろう…」と、まるで体育館裏に呼び出される高校生のような気分でした。

 エントランスに降りていくと、理事長夫人と管理人さまともう一人、住民の奥様らしき方が三人で井戸端会議をしていらっしゃいました。

 お話の切り出しはこうでした。

「あの~、最近どこからかアンモニア臭みたいな匂いがするんですけど、お宅は匂いませんか?」

 アンモニアと言われた瞬間に「あー、うちの話だ」と覚悟いたしました。わたくしがお顔を認識できていなかったのはお隣りさま。これはもう正直に謝るしかないと思い、開口一番「申し訳ありません。じつはうちの兄が、カクカクシカジカでベランダでオシッコしてしまうのです。水で流してはいるのですが、やはり匂っていましたか。何度注意してもやめてくれなくて……本当に申し訳ございません」と平謝りいたしました。

 お三人さまはそんな告白に「ああ、そうなんですか。いやいや原因がわかれば安心しました。何が匂っているのかわからないのが一番怖かったので」と言ってくださり、次には「お兄さん? おいくつ? 外に出て行ったりはしないの?」と兄の病状を気にしてくださり、「わかっていれば何かあったときに対応できるかもしれないから、知れてよかったわ」とおっしゃってくださいました。さらには「幼稚園では漂白剤を水で薄めたものでお掃除していましたよ。匂いも取れるし、消毒にもなるし、いいんじゃないかしら?」と教えてくださり、早速実践しております。

 中年婦人の井戸端会議はいつの間にか、大規模修繕工事の話題に移り「洗濯物が干せないのは困るわね~」などの世間話をしてなごやかに解散となりました。

 もちろん、家に戻ってきた瞬間に兄には「ご近所の人がね、オシッコの匂いがするって怒られたわよ。だからもうベランダでオシッコはしないでね」とご報告しました。兄は「ふ~ん」と窓の外のベランダに目をやり、半分他人事のような反応でございました。案の定その後もやめることなく続いております。「認知症を憎んで兄を憎まず」と唱えておりますが、兄の辞書には「反省」という文字がないことを再確認いたしました。

 兎にも角にも、お隣りのご婦人がやさしい方で本当にたすかりました。

 ああ、でもやはり気分が悪いだろうな~とついつい考えてしまいます。病気だから責められないものの、決して気持ちのいいことではないでしょう。進行すれば行動が今以上におかしくなり、迷惑をかけられるかもしれないと思うのが当然です。申し訳ございませぬ・・・・。

 ときに、新聞に老老介護で82歳の妹が84歳の姉を殺害したという記事を読みました。「税金を使って生活をするのはご迷惑だから」と生活保護を受けず、寝たきりの姉の顔に濡れたティッシュをのせ、警察に電話をしたという。「ご迷惑=恥」という気概を持った老老介護の姉妹に胸が痛んだと同時に、多額の税金を無駄使いして平然とされているすべての皆さまに、この老姉妹の爪の垢を飲んでほしいと思ったツガエでございます。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

●兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第122回 自分の身は自分で守らなければ】

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この記事へのみんなのコメント

  • ゆな

    我が家も今は亡き家族が庭でしゃがみ込んで用をたしたり、部屋のゴミ箱にしたりと、シモ関係は様々なトラブルがありました。 窓の鍵については他の方もコメントされてますが、補助鍵はどうですか?屋内に用をされてしまう可能性は増えますが、防犯という点では役に立つと思います。

  • みかん

    ご近所にアンモニア臭がしてしまっていたのですね、 でもお優しい方々で良かったですね。 ここで何人かの方々が、ベランダの窓の鍵に補助鍵をつけたらどうかと提案なさっていましたが、そちらは試してみられましたか? (私もお節介ながらコメントさせていただいたのですが^^;) 認知症の義父の時の経験から、補助鍵+突っ張り棒等を使って、お兄様がベランダに簡単には出られないようにするのが1番かなと思うのですが、いかがでしょう? (義父の時は、入ってほしくない部屋の障子に突っ張り棒をしていました。ガタガタして、開かなければすぐにあきらめていました^^;) 試したけどうまくいかなかった等、お節介でしたら申し訳ありません。 認知症の方へは、注意してもすぐに忘れてしまうので口で注意しても意味がなく、物理的にそれができない状況にもっていくしかなかったという記憶がありまして。。 ツガエさん、本当によくやっておられると思います。 どうぞ無理をされませんよう、多少手抜き・ 息抜きをされながら、マイペースでお過ごしくださいませね。 応援しております。

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