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養老孟司氏が語る“人生100年時代”「認知症になっても普通に暮らせる社会がいい」

 人生100年時代が目標ではなく現実になりつつある昨今、キーワードとなるのが“健康長寿”だ。その健康を両輪となって支えるのが「頭」と「身体」。身体のほうは、最近話題の筋トレや「きくち体操」などで何とかキープできるかもしれない。

 では、歳をとっても頭、つまり脳の健康を保つにはどうしたらよいか。『唯脳論』『バカの壁』などのベストセラーの著者で、解剖学者の養老孟司先生が語った。

「身体と頭、両方がバランス良く弱ってくるのが幸せ」

「歳をとったら身体と頭、両方がバランスよく弱ってくるのが幸せじゃないか。どうもそんな気がします。 身体が丈夫なのに頭がボケると徘徊が始まりますね。私の母はその反対。91歳まで生きましたが、身体は動かなかったけれど頭はしっかりしていたから文句が多かった。これは見ていてかわいそうでした」(養老先生。以下、「」内同)

「頭がしっかり働く人は身体を一生懸命使うといい」と、アドバイスする養老先生。では、脳をしっかり働かせるためには?

「私が大事だと思うのは“感覚”です。視覚、聴覚、嗅覚などの五感を通じて、脳は外の世界と結びついています。脳に入ってくる情報のうち、視覚からの情報は40%と言われていますが、そのほかの嗅覚、味覚、聴覚、触覚はみなさん、あまり使っていないでしょう。

 麻雀のように手をよく使うこともいいですよ。手の感覚は大脳の非常に広い範囲につながっているので、手作業は脳の訓練になります」 

 養老先生ご自身は、ライフワークの昆虫研究をする際に手、そして五感をしっかり使っている。

「私が調べている昆虫は平均4〜7mmとものすごく小さいんです。それを顕微鏡で見ながらピンセットで足を伸ばしたりするとき、わずかな音が聞こえます。私の耳が特別いいわけじゃなくて、人間の耳は本来、それくらいのかすかな音が聞こえる能力を持っているんです」

脳化社会が頭をボケさせる

 ところが、現代の生活の中では五感を使うチャンスはあまりない。

 オフィスビルをイメージすればわかるように、フラットで歩きやすい床、快適な気温や湿度を保つエアコンに守られていれば、五感で風向きや時の流れを感じ取る必要がないからだ。

「こういった近代的な環境は、実は脳によく似ているんです。我々の脳にはスポットライト機能がついていて、特定のテーマに集中するときはよけいな情報を遮断するようになっています。それと同じように、環境から自然を締め出すことで、仕事や考え事に集中させようというんですね。これを私は“脳化社会”と呼んでいます。

 人間は適応力が高いので、そんな単調な環境でも生きてはいけます。でも、これは本来人間が暮らす環境ではないから、感覚への刺激はほとんどありません。それではやっぱりボケるでしょ?」

認知症は治すべき病気なのか

 芸術家の故・赤瀬川原平は、歳をとって物忘れをすることを「忘却力がつく」と表現した。歳をとることをプラスに考えようという提案だ。

「歳をとって物忘れをするのは仕方のないことです。でも、現代の医療はそうは考えません。脳のCT画像を撮り、認知力のテストをして、平均点よりマイナスになればそれを埋めようとする。それが治療ということです。

 このような診断をするとき、患者さんは人間ではなく数字になってしまう。診断を下すためにはデータさえあればよくて、その人の顔色や機嫌、においなどという感覚的な情報は邪魔な“ノイズ”なんです」

 人間ならではの情報はノイズとして削ぎ落とし、コンピューターが処理できる数字だけが必要とされる現代社会。それこそが、養老先生のいう脳化社会だ。

「認知症の人にとっては、相当きつい社会ですね。認知症であっても患者さんはその人全部で1人の人間です。ときどき困ることはあっても、喜怒哀楽はあるし、普通の人と同じように扱ってもまったく問題はないんです。認知症だって人生のうち。その人が長年生きてきた結果が認知症とも言えるでしょう。

 マイナスだから治そう、医療や介護で何とかしようとするのではなく、認知症になっても人間が普通に暮らせる環境をみんなで考えていけばいいんじゃないでしょうか。

 脳化した環境に合わせて生きている人間を変える。みなさんはそういう社会を好んで作るのかということをちょっと考えていただきたいですね」

取材・文/市原淳子 撮影/政川慎治

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