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由紀さおりデビュー50年 独占インタビュー「2度の離婚、そしてこれから…」

 多くのヒット曲をもち、50年にわたって第一線で活躍する由紀さおり。だが、その陰には歌手として、女としての苦悩もあったという。それでもなお澄んだ声で人々を魅了する彼女の生き方は、年を重ねることの素敵さを教えてくれる──

 人生に「もしも」はないけれど、「もしも由紀さおりが歌い手にならなかったら?」との問いに、『夜明けのスキャット』の作曲者である、いずみたく氏は、即座にこう答えたという。

「芸者さんだね。あのサービス精神、人の気持ちをそらさない気配りなど、それは芸者の素養です」

 由紀は、口にしたことはなかったが、小さい頃から芸者に憧れていたから、それを「鮮明に覚えている」と言う。もちろん、当時は着物と日本髪で着飾る姿に憧れたのだけれど。

 それから50年が過ぎてこの9月に、芝居とはいえ、念願かなってその芸者になれるのだから、由紀の表情はいっそう晴れやかだ。『夢の花―蔦代という女―』がその舞台で、彼女はひとりで演じ、歌い、日本舞踊を踊り、三味線を弾く。

「芸を極めた一流の芸者さんは、引退後も気概を持って生きている。ただ渋いだけではなく、ほのかな色香をたたえ、なんともいえないたたずまいをしています。そのような女性たちを見ていて、70才を前に、私もドレスとハイヒールだけじゃない自分を見出しておきたいと思って。そうそう、『恋文』(1973年の『日本レコード大賞』最優秀歌唱賞受賞曲)リリースの時、“着物で歌ったら”と周りは言ったんです。でも、母が“着物は年をとって着ればいいんです”ってひと言。今になってつくづく思います。人生の機微を知り、日本の四季の移り変わりを知って、年を重ねてこそ、その素晴らしさがわかるって」

声のケアは欠かさず、体も鍛え続けている

 童謡歌手デビューしたのは、小学1年生。その時代から数えると活動はゆうに60年を超えるが、由紀さおりとしてデビューして今年で50年になる。4月には平成の天皇ご即位30年とご成婚60年を祝う音楽会で歌い、『由紀さおり50年記念コンサート2019~2020“感謝”』で全国を回り、自伝『明日へのスキャット』を出版。同世代が終活などと言っているのとは大違いだ。

 由紀が一線で歌い続けていられる秘訣はどこにあるのだろうか。それは、多くの人の支えがあってのこと、と言うが、

「もともと私の声帯は薄くてきゃしゃなんです。小学4年生の時にかぜをひいていたのに歌ったために声が出なくなって。医師に“無理して歌わないように”って指摘されたのがトラウマのようになって(笑い)。同時に、声帯を鍛え続けて、気をつけていくのが目標になったんです」

 歌とは全身を使って歌うものだと心得て、体も鍛え続けている。

 姉の安田祥子と続ける童謡コンサートは、今年で34年目。親子、孫の3代が全国の客席を埋める。

「童謡歌手を卒業したあと、修業の一環として姉とCMソングを一緒に歌っていたんですが、その頃はけんかばかりで、家に帰っても口をきかないこともありましたよ。姉は“私はそういう歌は歌えません”とはっきり言うタイプ。私は“歌ってみて、いいか悪いかは先方の判断に任せましょう”というタイプ。だって、歌って帰らなきゃ次の仕事に結びつかないから。険悪になることもありました」

 姉妹の間を調整したのは母。姉は東京藝術大学に、由紀は歌謡界にと歌の道は離れても、ふたりのコンサートを提案し、事務所を設立したのも母だった。

 多い時は年間156のコンサートをこなす一方で、映画、テレビの司会やバラエティーなどにも挑戦してきた。

 なかでも、由紀の『恋文』がヒットしていた頃に美空ひばりと共演し、ひばりから、それぞれの持ち歌を歌おうと提案されたのは、今でも大切な思い出だ。

「それは、私が司会をしたテレビの特別番組に、ひばりさんが出演された時のことです。私?  恐れ多くて、ひばりさんのどの曲を歌いたいかなんて申し上げられませんでした。黙っていたら“あなたはファルセットがきれいだから『哀愁波止場』を歌いなさい”って言われて、必死で練習して(笑い)。それがご縁でひばりさんのハワイ公演にも呼んでいただいたんです」

 そのひばりが逝き、ペギー葉山という尊敬する先輩が逝き、女優として、また、しぐさや着物姿のお手本としてきた森光子や池内淳子、野際陽子も逝った。

「年を重ねると、声がうまく出ないとか、たくさんの量を歌えないとか、悩むことも出てくるんですね。そんな時、先輩がたは、どうやって乗り越えてきたのかしら、教えてほしい、と天を仰ぐこともあるんです」

 しかし、どう悩んでも、しょせんは自分ひとり。今に満足せず、立ち止まらず、新しい道を切り開いていこうと決心した。その象徴が、着物だ。日常でも着物を着こなし、芸域を広げようと意気込む。

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2度の結婚・離婚を乗り越えて

 前出の自伝では、由紀は2度の結婚と離婚の詳細を明かしている。最初の結婚は、『夜明けのスキャット』のリリースとほぼ同じ。

「出会いは私が中学の制服を着て、CMソングの収録にスタジオに通っている頃でした。腕利きのディレクターだった彼は、私の声を気に入って、歌い手としての方向性を教えてくださった、師匠のようなかたですね」

 高校時代にプロポーズされ、短大卒業と同時に結婚。夫となった大森昭男氏はひとまわり以上も年上で、音楽界では有名な人物だった。

 大人の歌手への脱皮をはかって本格デビューをしながら、売れない時期だったため、

「歌手がだめなら結婚して主婦になればいいんだ」

 という気持ちがなかったわけではない、と打ち明ける。

「でも、『夜明けのスキャット』が予想をはるかに超えるヒットになってしまい、続いて『手紙』もヒットし、日本レコード大賞歌唱賞をいただき、超多忙の私は家で過ごす時間もなくなり、物理的な距離ができてしまいました。加えて私が彼のライバルの手によって輝いたことで、心の距離も広げてしまったんです」

 大森氏といずみたく氏とは、同じようなCM音楽制作の世界にいて、同業者であり、ライバルでもあったのだ。
夫婦間の溝は深まっていく。

「結婚して5年目に、“子供が欲しい”と言われました。でも、今頑張らないと生き残れないと思った私は、“もう少し待って”と。それが修復できない亀裂となって、結局、私は家を出てしまいました」

 別居から7年、離婚が成立した。

 2度目の結婚は50代を迎える頃。その前から重度の子宮筋腫に苦しんでいた由紀は、ついに子宮摘出手術を決心し、手術を受け入れる。

「若い時は、自分の意思で産まないと選択できたことが、手術をしたことで産めない体になってしまった。女としての自信を失い、心身ともに不安定になり、どうやって立ち直ったらいいのか苦しみました」

 そんな時期に、友人の紹介で出会ったのが、アメリカ在住の日本食レストランのプロデューサーだ。

「そのかたとおつきあいすることで、女としての情感がよみがえり、自信も取り戻しました。ただ、母が反対していたので、母の死後、アメリカで結婚しましたが、その頃が女としてはもっとも充足していた、幸せな時期だったと思います。一時は生活の拠点をアメリカに移そうとしましたが、結局、彼は一箇所にとどまれない人、私は母が設立し、守ってきた安田音楽事務所を閉じることはできずに、日本での仕事から離れられなかった。添い遂げることが難しかったのです。それで2006年に離婚しました。生きていく以上は、苦しみから逃れることは無理なんでしょうね」

 だからこそ、60代、70代になってもただ枯れたくはない。

「この離婚で肝が据(す)わりましたね。女としての幸せを振り捨てて、この業界に身を置いたものとしては、仕事の上で納得したいものを残したいじゃない?  でなければ、この人生を選んだ意味はないし。別れた人にも頑張っている姿を見てほしくて、歌に真正面から取り組んでいます」

 そして、笑顔でこう宣言した。

「これから先だって何が起こるかわかんない。この年になると美しくあることも難しいし(笑い)。だからね、凜として、ちょっとおちゃめで生きたい、と」

 美しい肌と透き通るような声は健在。それは、日々の努力の賜物と、改めて刺激を受けた。

プロフィール

由紀さおり(ゆき・さおり)。群馬県で生まれ、横浜で育つ。幼少期よりひばり児童合唱団に所属。1969年『夜明けのスキャット』でデビューし、国民的ヒット歌手となる。1983年には映画『家族ゲーム』で毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。1986年より姉、安田祥子との童謡コンサートで活躍。2011年には米ジャズオーケストラ「Pink Martini」とのコラボレーションアルバム『1969』を五十数か国でリリース、配信し、世界的ヒットに。9月6~8日『夢の花―蔦代という女―』(観世能楽堂、東京『GINZA SIX』内)で、ひとり芝居に挑戦する。

※女性セブン2019年8月22・29日号

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