連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第91回 あの事件、再び】

 若年性認知症の症状が進んできた様子の兄。同居する妹のツガエマナミコさんは、意を決して、地域包括支援センターに相談に行ったところ、要介護認定の調査員が来宅。兄は穏やかにやり取りに応じていたのだったが、その夜に、あの事件は起きてしまった!?

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

→前回を読む

 * * *

洗面所で衝撃の光景が

 介護認定調査を受けた日の翌朝、日課である掃除機をかけながら、洗面所(脱衣所)の扉をガラガラと開けた途端にそれはわたくしの目を奪いました。

 パンパカパーン!第2回、脱糞事件の幕開けでございます。ちょうど第1回脱糞事件(第84回)からひと月後ほどのタイミングですので、これはもうレギュラー化すること間違いなしの大人気企画!

→【第84回 深夜の悪夢】を読む

 朝からのそれは、深夜のそれとは気分が違います。深夜の掃除もかなり凹みましたが、朝からはもっと凹みました。朝食も準備しなければならないし、ゴミ出しだってございます。己の顔も洗えないまま、ゴム手袋をし、濡れティッシュで床をゴシゴシ、ゴシゴシ…。「おはようさん」と部屋から出てきた兄に、「ちょっと朝ごはん作れないから、しばらく待ってて」と言った声が怒りと悲しみで震えてしまいました。

 やはり深夜の強行だったようで、今回は朝までに時間が経っており、半端じゃないこびりつき。兄がティッシュでぬぐったことで汚れが広がっており、狭い洗面所の床がほぼ一面黄色くなっておりました。少しずつ水をかけながらティッシュでぬぐい、雑巾で4度拭きしたあと、仕上げに除菌スプレーの大量噴霧。それでも気分の悪い洗面所です。もうさわやかなお風呂上りに素足をバスマットから1ミリでも踏み外したくはございません。

 慣れてくれば、こんな惨事も「朝飯前」になるのでしょうか……。

 要介護調査の結果が出るまでには1~2か月かかるとのことですので、まだどうなるかわかりませんが、あの日ひとつわかったことは兄が今の暮らし(三食おやつ昼寝付き・テレビ見放題・動かない・働かない・干渉されない)に慣れ切って、新しい場所や新しいことに後ろ向きだということでございます。

 というのも、要介護認定員さまが来訪するにあたり、兄にもある程度説明しなければならないと思い、なるべくさりげなく、何でもない風を装って「もうお仕事を辞めて2年が経ったのね。ずっと家でテレビ見てるだけでしょう」と切り出してみました。「せっかく体は元気なんだからケアセンターで運動したり、お年寄りの話し相手になったりして、社会貢献したほうがいいんじゃないかなと思ってさ。それができるかどうか、調べてくれる人が来るのよ」と遠回しに来客の説明をしました。すると明らかに顔が曇り、下を向いて「え~?行かなくちゃいけないの?」と苦悶の表情をしたのでございます。

 わたくしは兄のこの顔にめっぽう弱く、思わず「もちろん、行きたくなければ行かなくてもいいんだよ」と言ってしまいました。でも本当は全力で行かせたいわけで、嘘つきの自分を嗤(わら)ってしまいました。

 そんな話しの1時間後に調査員さまがいらっしゃいました。兄はわたくしとの会話を記憶している様子もなく、持ち前の愛想の良さでお客さまを迎え入れ、お帰りになる頃には「ご苦労様でした。今日はあと何件回られるんですか?」と、十八番の質問をしておりました。あらゆる来訪者さまに放ってきたご愛用のセリフでございます。

 脱糞事件はその夜勃発いたしました。愛想よく話しておりましたが、答えられない質問も多かったので、兄なりにストレスだったのかもしれません。

 昨年に引き続き我慢を強いられるゴールデンウィークでございます。「そんなこともあったね」と言える時は必ずやってまいりますので、わたくしもいつか兄をどこかに預けて小旅行ぐらいしたいと願っております。そんな可能性を考えられるだけで、わたくしの人生も少し明るくなるというもの。すべては介護認定調査の結果次第でございましょう。結果が出ましたらご報告いたします。

前の話を読む 次の話を読む 

この連載の一覧へ!

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

●介護が始まるときに慌てない!要介護認定の申請、介護保険サービス利用の基礎知識

#介護が始まるときに知っておきたいこと

#介護保険制度の基礎知

ニックネーム可
入力されたメールアドレスは公開されません
編集部で不適切と判断されたコメントは削除いたします。
寄せられたコメントは、当サイト内の記事中で掲載する可能性がございます。予めご了承ください。

この記事へのみんなのコメント

  • めいでい

    お兄さんがデイサービスに行ってみようかな、と思える理由づけがあればいいのかもしれないですね。 お年寄りの場合は「皆がお裁縫を教えてほしいそうよ」とか、得意なものでプライドをくすぐるというのはよくある方法ですが、お兄さんの場合は「温泉があって、サッパリできるよ。頭を洗うのが上手な理容師さんがいて、とっても気持ちいいんだって。試しに行ってみようよ」とか、ですかね。お兄さんは社交的なようですが仕事上、無理に身につけただけで実際は他人に気を遣いすぎて疲れてしまうタイプではないでしょうか。心の負担にならないような 所があるといいですね。 自分の身内は高齢でしたが、ほぼ会話が成立しなくなる状態になってからデイサービスを利用しました。まだ認知症という言葉もなく、痴呆と呼ばれていた頃です。 お迎えの車に乗るのが楽しみで、ほぼ、嫌がらずに通所していました。また、こういう言い方はいけないのかもしれませんが、多少不快なことがあってもすぐ忘れてしまうので大丈夫でした。あの頃の施設の方々に深く感謝しています。もし利用していなかったら、家族崩壊していました。 どうかツガエさんもどうか我が身を大切にしてください。使えるものは使ってください。 今すぐ飛んでいってお手伝いできるわけでもなく、一読者としてしか応援できませんが好き勝手に書かせていただきました。

  • みぃさん

    ツガエマナミコさん、いつもとても興味深く拝見しております。 包み隠さず本当のことを見せてくださり、私の奥深いところに突き刺さっております。 万人が避けて通れない問題。私には親はもういませんが、自分もいつかはお兄様と同じように...今からどうすべきか、本当にいろいろ考えさせられております。 これからも注目しております。 連載も介護も応援しています!

最近のコメント

シリーズ

介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
介護付有料老人ホーム「ウイーザス九段」のすべて
神田神保町に誕生した話題の介護付有料老人ホームをレポート!24時間看護、安心の防災設備、熟練の料理長による絶品料理ほか満載の魅力をお伝えします。
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
「老人ホーム・介護施設」の基本と選び方
老人ホーム(高齢者施設)の種類や特徴、それぞれの施設の違いや選び方を解説。親や家族、自分にぴったりな施設探しをするヒント集。
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
「老人ホーム・介護施設」ウォッチング
話題の高齢者施設や評判の高い老人ホームなど、高齢者向けの住宅全般を幅広くピックアップ。実際に訪問して詳細にレポートします。
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
「介護食」の最新情報、市販の介護食や手作りレシピ、わかりやすい動画も
介護食の基本や見た目も味もおいしいレシピ、市販の介護食を食べ比べ、味や見た目を紹介。新商品や便利グッズ情報、介護食の作り方を解説する動画も。
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の悩み ニオイについて 対処法・解決法
介護の困りごとの一つに“ニオイ”があります。デリケートなことだからこそ、ちゃんと向き合い、軽減したいものです。ニオイに関するアンケート調査や、専門家による解決法、対処法をご紹介します。
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
「芸能人・著名人」にまつわる介護の話
話題のタレントなどの芸能人や著名人にまつわる介護や親の看取りなどの話題。介護の仕事をするタレントインタビューなど、旬の話題をピックアップ。
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護の「困った」を解決!介護の基本情報
介護保険制度の基本からサービスの利用方法を詳細解説。介護が始まったとき、知っておきたい基本的な情報をお届けします。
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
切実な悩み「排泄」 ケア法、最新の役立ちグッズ、サービスをご紹介
数々ある介護のお悩み。中でも「排泄」にまつわることは、デリケートなことなだけに、ケアする人も、ケアを受ける人も、その悩みが深いでしょう。 ケアのヒントを専門家に取材しました。また、排泄ケアに役立つ最新グッズをご紹介します!