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『大豆田とわ子と三人の元夫』何度も観たくなる理由 観る人を支えてくれる名ドラマ

 2021年春、フジテレビ系で放映された松たか子主演のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(脚本・坂本裕二)。感動の最終回から4か月経った今も、ギャラクシー賞6月度月間賞、『週刊ザテレビジョン』第108回ドラマアカデミー賞を5部門受賞(主演女優賞、監督賞、脚本賞など)、Netflixなどでの配信開始など話題は全く尽きない。何度観ても発見があり、観る者の人生観を揺さぶる名ドラマを、放映時の各話レビューを担当したライター・釣木文恵が今一度振り返ります。

「持っている者」だけれど妬まれない大豆田とわ子

 2021年4月からフジテレビで放送され、いまはNetflix、Amazon Prime Videoなどの配信で観ることのできる『大豆田とわ子と三人の元夫』。このドラマは、誰かの助けを借りながら一人で生きることを肯定してくれる、その背中を押してくれる作品だ。

 主人公・大豆田とわ子(松たか子)は3回結婚し、3回離婚した女性。最初の夫との間に娘が一人いる。おそらく建築士としてキャリアをスタートさせ、いまは頼まれてちいさな設計会社の社長をしている。家や服装を見ても、お金には困ってなさそう。おまけに別れた夫たちがいまも彼女に未練を残していて、3人揃ってなにかと彼女を助けてくれる。

 とわ子は明らかに「持っている者」だ。けれども、彼女は視聴者から羨ましがられこそすれ、妬まれたり嫌われたりはしなかった。1話からお風呂が壊れたり自転車をなぎ倒してしまったり穴に落ちたりと、いきなり立場も身分も関係のない情けない部分が連発されたから、というのもある。本来いち建築士であった彼女が、社員の生活を背負い社員に気を使う社長という仕事を必死に果たそうとするたいへんさが描かれていることもある。けれど大豆田とわ子が観る者から愛されたもっとも大きな理由は、彼女が自分の人生を生きることを決して手放さないからだろう。

 1話でとわ子の親友・かごめ(市川実日子)がとわ子に言う。「離婚っていうのは、自分の人生に嘘つかなかったっていう証拠だよ」。とわ子は人生に嘘をつかず、一人で生きながらも、転んだ時にさしのべられる手をつかみ、生きていることが10話を通じて描かれていく。

「大豆田とわ子」が描かないもの

「一人で生きている」というと、強くて達観している女性を思い描くかもしれない。けれどとわ子は意外とそんな感じでもない。前述したように毎回情けない姿を晒すし、けっこううかつに恋に落ちがちだ。1話では見るからに怪しい結婚詐欺師(斎藤工)と出会い、船長の帽子をかぶらされて「出発進行!」とポーズをとるほどに浮かれていた。オダギリジョー演じる小鳥遊(たかなし)とは結婚するかどうかというところまで行った。ふつうだったら物語が畳まれるはずの最終話に初恋の人と再会し、1話と同じようにデートに出かけていく。

 とわ子が恋に盛り上がることはあれど、燃え上がるような恋愛の描写はそこにはない。描かれるのはささやかな日々のちょっとした失敗とか、どこにでもあるような仕事上の人間関係に悩む姿とか、何よりその中で膨大に交わされる会話とか、だ。むしろ大きなできごとのシーンは、意図的に描かれていないようにさえ見える。いつもと変わらないように見える日々の中で、5話から6話にかけてとわ子に大きなピンチが訪れる。そのシーンを、「とわ子がいなくなった」形で表現する。決定的なシーンは描かれず、その代わりに夫たちと関係する3人の女性との会話でつなぐ。作り手が描きたいことは、ドラマティックな非日常ではなく、やはり彼らの日常なのだということが伝わってくる。

 描かれないといえばもうひとつ、とわ子を含む登場人物にはモノローグがない。そのかわりに印象的な声のナレーションがときにとわ子たちを客観的にとらえ、ときにとわ子たちの心のうちを伝えてくれる。ナレーションを務めた伊藤沙莉は、このドラマのもう一人の主人公だ。

ドラマが観る者にとっての「元夫」になる

 とわ子を時に見守り、時に相手に嫉妬し、時に救う3人の夫も、それぞれに欠点を持っている。1人目の夫・田中八作(松田龍平)は人を好きにならず、そのわりにやさしくして傷つける。2人目の夫・佐藤鹿太郎(角田晃広)は極端に器が小さい。3人目の夫・中村慎森(岡田将生)は理屈っぽくて、「雑談って必要かな?」などと何かと無駄を排除したがる。夫同士も、とわ子とそれぞれの夫も、べつにそれを補い合うわけでもなく、ただ一緒にいる。

 そもそも、3人の元夫が揃って元妻であるとわ子にこれだけ関わること、3人が仲良くする状況は現実にはほぼあり得ないことだろう。とわ子が日々異なる色とりどりの衣装を着ていること自体、ある種ファンタジックだ。一方でドラマ後半、とわ子の娘・唄(豊嶋花)がぶちあたる現実には、残酷なリアリティがある。女性が医師になる難しさ。だったら医師と結婚したほうが楽という考え方。最終回で描かれた、とわ子の母の叶わぬ恋のようなものも、現実に近い。けれどもその母の姿が、とわ子を支え、唄を変える。

「一人でも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい」

 幼いとわ子が母に言った言葉だ。その「大事にされる」方法が、決して結婚だけではないことをこのドラマは描いた。ドラマを観た私たちには、こんなふうに支えてくれる3人の元夫はいない。けれど、大豆田とわ子というフィクションが一人で生きる道を示し、応援してくれる。フィクションが人生を支えることがある。『大豆田とわ子と三人の元夫』は、その力を久しぶりに見せてくれたドラマだった。

文/釣木文恵(つるき・ふみえ)

ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。

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