4試合で68奪三振を記録しこの夏の甲子園を沸かせた桐光学園・松井裕樹投手。そばで見ていた記者たちの目にはどう映っていたか。現地で取材を続けるノンフィクション・ライターの神田憲行氏が報告する。
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「おい、めっちゃ泣いてるで」
敗者のインタビュー台の周りを取り囲む記者が、モニターを見ながらつぶやいた。そこにはベンチ前で整列し、光星学院の校歌を聞きながら号泣する桐光学園(神奈川)・松井裕樹投手の姿があった。クールダウンのキャッチボールをしながらも泣いている。ベンチ裏に戻ってきて、インタビュー台に上っても、右手で目を覆い、天井を向いて嗚咽を漏らした。
試合で負けても2年生は泣かないことが多い。桐光学園の他の2年生は泣いていなかった。
しかし私は目の前で泣き続ける松井を見て、「この子らしい」と思った。激しく泣くのは、それだけ勝負に過剰に入れ込んでいた証である。森山未來似といわれる涼しい目鼻立ちの奥にあるのは、強打者の内角にしつこくストレートを投げ続けられる荒々しい投手根性、闘志だ。だから昨日142球、今日154球も投げているのにこの日も15個の三振を奪えたのである。
1試合の奪三振の新記録を樹立した初戦の今治西戦の22個から始めて、今大会奪った三振の合計数は68個。歴代3位の記録だが、
「別に関係ないです」
と赤くなった目で言い放ち、「秋季大会に向けた課題は?」と問われると、
「いま夏が終わったばかりで、秋のことなんか考えられないです」
記者に迎合しない、おもねらない。その姿勢こそ、松井投手には相応しい。
松井投手がずっと続けていたことがある。チェンジになるとマウンドからベンチへ大股の全速力で戻ることだ。ある日の試合前にその理由を私が尋ねと、
「全力で戻ったら攻撃にリズムがつくと考えて、県大会からしているんです。監督からも『いいね、それ』と褒められました」
はにかんだ笑顔を見せた。この試合でも8回に3点を奪われたあとでも全力で戻っていった。
ファンはこれから1年、成長が楽しみな選手を手に入れた。