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少子化の加速は深刻 大前研一氏「背景にある『戸籍』を見直すべき」と提言
 日本をはじめ、韓国や中国も、深刻な少子化問題を抱えている。韓国は合計特殊出生率が0.81にまで落ち込み、中国は以前の「1人っ子政策」から「3人っ子政策」へ方向転換したが、その効果はまだ見えていない。アジア各国で経済アドバイザーを務め、国家戦略に参画してきた大前研一氏は、その背景には、それぞれの国の社会制度や文化があると指摘する。 * * * 中国は1979年以降、爆発する人口を抑制するために半ばパニックになりながら、1組の夫婦につき子供は1人だけという「1人っ子政策」を実施してきました。しかし、それが行き過ぎてしまい、今度は日本よりも早く少子高齢化が進む可能性が出てきて、慌てて軌道修正し始めています(図表1参照)。 まず、2016年から地域を限って2人まで産んでいいとする「2人っ子政策」に転換しました。それで、1年だけ反転する気配が見られましたが、そのあとまた減り続けています。そこで慌てて今度は2人の制限も解除して、2021年からは3人目の出産も容認しましたが、まだ下がってきています。最新の数字では、2021年の出生数は1062万人で、1949年の建国以来最少となり、合計特殊出生率も1.1〜1.2と日本より低くなると報じられています(日本経済新聞2022年1月18日付)。 その結果どうなるかというと、女性が強くなります。統計上は、男女比が2%しか違わないのですが、適齢期で男性のほうが余ってしまっているとなると、年収はいくらで、どんなマンションを所有しているか、といった評価の対象となります。また今は、アリババグループ傘下のアントグループ(螞蟻集団)が普及させた個人の信用サービス「芝麻(ゴマ)信用」というものがあり、このスコアが750点以上ないと女性をデートにも誘えないなどと言われています。出生率が最低レベル0.81となった韓国 一方の韓国は、前述したように、合計特殊出生率がOECDの中でも最低の0.81まで下がってしまい、2020年には、生まれた人のほうが死んだ人より少なくなり、初めて人口減少に転じました(図表2参照)。 韓国は、日本と同じように結婚してから子供を産むという社会通念が根強く残り、結婚せずに出産する未婚の出生率は2.2%です。OECDの平均が41.5%なのに対して、韓国と日本だけが2%台にとどまり、婚姻数の減少と相まって減少傾向が続いています。 また韓国の場合は、とくにエリート社会という傾向が強く、良い学校に行って、良い会社に就職できないと、社会的に恵まれないという社会でもあるため、どうしても結婚や出産をためらう人が増える──それが大きな問題になっています。 もう1点、女性に対する蔑視・偏見が日本より強いということが挙げられます。たとえば韓国は結婚の橋渡しをする「仲人」の存在がまだ大きい(日本ではすでに減少)のですが、その仲人が女性の結婚条件(年齢は25歳までなど)を厳しくつけるケースが多いようです。そういった韓国固有の文化も、少子化対策を難しくしている一因と考えられます。未婚率の増加が少子化に直結 拙著『経済参謀』でも政府が取り組むべき課題の筆頭として少子化問題を取り上げましたが、日本の場合には、結婚した夫婦は平均して2人の子供をつくっています(図表3参照)。つまり、結婚したら子供は2人ぐらい産みたいと考える夫婦が多く、理想の家族像を聞くと、4人と答える人が多いのです。 ただ、それもだんだんと難しくなってきていて、そもそも結婚しない人が増えている上、晩婚化も進んでいるため、女性が高齢出産になると、1人産んだ後、2人目を産むのがさらに難しくなってしまいます。 では、どうすれば、この問題を解決できるのか? ここで、各国の婚外子の割合を見ていただくと、いかに日本と韓国が異常かということがわかると思います(図表4参照)。 アイスランドは、生まれてくる子供の実に70.5%が結婚していない夫婦から生まれています。フランスは60.4%、スウェーデンは54.5%、オランダは51.9%、そして先ほどのハンガリーは43.9%となっていて、OECDの平均は41.5%です。 アメリカでさえ39.6%、ドイツは33.9%ということで、3人に1人以上は婚外子です。世界的に見れば、結婚していることが子供を持つ前提とは限らないということになります。逆に、日本や韓国はそれが大前提になっていることが最大の問題というわけです。 そうなってしまう原因の1つが「戸籍」です。法律上、結婚しなければ夫婦で戸籍を作れず、未婚の夫婦から生まれてくる子供は「戸籍に入れてもらえなくて可哀想だ」となってしまう。それで、籍に入らないんだったら堕胎しましょう、という話になるか、そもそも子供を作るのはやめましょう、となってしまいます。 では、その戸籍の根拠とは何でしょうか? 日本国憲法には戸籍についての言及はなく、第24条に「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」となっています。 民法の第739条に「婚姻は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる」とあります。明治憲法制定以前の明治4年に制定された旧戸籍法によって、戸籍(いわゆる壬申戸籍)が作られて以来、現在まで続く戸籍法の規定に私たちは縛られてきました。それが、日本の少子化の最大の要因になっているわけです。 したがって、戸籍制度を撤廃すべきというのが私の主張ですが、その前に、とりあえず現状で、若者たちの結婚への意欲を削いでしまっているような日本社会の制度や文化について考えてみたいと思います。親に“パラサイト”する成人 まず、成人してからも親と同居する子供が多いことが挙げられます(図表5参照)。たとえばヨーロッパのほうは、成人したら親元から独立して生計を立てるのが当然だと考えられているので、いつまでも親元にいたら、あの人は大人になっても1人で生きていけないのかと不思議がられます。 ところが日本では、親と同居するほうが経済的合理性が高いと考えられています。これも不思議な話なのですが、われわれの時代には、地方から集団就職で都会に出てきた人も多いので、当然、田舎の親とは別々に暮らしました。しかし、その後の世代になると、親が都会にいるため、子供もそのまま都会で就職して、親と同居し続けるというケースが非常に増えてしまったわけです。そうなると、ますます結婚・出産へと向かうハードルは高くなってしまいます。 日本(や韓国)の場合はとくに先ほどの戸籍の問題などがあるので、もっと積極的に結婚を促進するような仕組みを考えないといけません。極端なことを言えば、30歳を過ぎてからも親と同居している人には税金をかけるといった議論が出てくるかもしれません。それから、賃貸にした場合の家賃の相場を調べて、子供に負担させるやり方もある。もちろん、実際問題としてそういったことを実施するのは困難でしょうけれども、どうにかして今の状況を変えないと、経済的合理性という理屈に守られて、成人した子供が親と同居して“パラサイト”している限りは、結婚や出産のきっかけすら生まれません。 それに対して、ヨーロッパのほうは、親元を離れて1人で生活するのは当然のこととされています。ただ、やはり独立して生計を立てようとすれば、それなりにお金がかかりますから、1人暮らしではなく、仲間3〜4人で一緒に生活コストをシェアしましょうということになります。そうなると、そこに男と女がいれば、恋人同士になることもありますし、さらに関係が深まれば、子供ができることもあるでしょう。 もしその2人が結婚していなくても、生まれてきた子供を登録すれば、立派な国民として迎えられます。あるいは、1人の女性から父親が違う2人目、3人目の子供が生まれることもあるでしょうし、1人の男性が複数の女性に子供を産んでもらうこともあります。 いずれにしても、結婚を前提としないで子供を産むケースが非常に多いのです。その場合でも、子育てと仕事の両立を国が全面的に支援するということでやっているわけです。 こうした国々の少子化対策を見ながら、日本でも結婚や出産を促進するような仕組みや施策に取り組んでいかなくてはいけないと思います。※大前研一『経済参謀 日本人の給料を上げる最後の処方箋』(小学館)より一部抜粋・再構成
2022.05.14 07:00
NEWSポストセブン
岸田首相と野田少子化相。国家存亡の危機にどう対処するか(時事通信フォト)
2021年の出生数「75万人ショック」に大前研一氏「国家の継続が危うい」と警鐘
 新型コロナ禍前の2019年に出生数が86万人へと大幅減少したことが「86万人ショック」と報じられたが、2021年には新型コロナ禍の影響を受けて、従来の予測よりも18年も早く出生数が75万人に減少する「75万人ショック」に見舞われた。ますます加速する少子化問題にどう対するか? 海外での少子化対策にも詳しい大前研一氏が解説する。 * * * 男女・年齢別の人口構成を表わす人口ピラミッドというものがあります(図表1参照)。この人口動態だけは、戦争や大災害でもない限りだいたい将来がわかります。 これが2010年、2030年と来て、2050年となると、日本で一番人口の多いピーク年齢が80歳ということになります。さらに、2065年にはもう若い世代がほとんどいないので、それこそ自衛隊、消防、警察といった国や地域の支え手が全く集まらず、工場だって人手不足で成り立たないという状況になると予想されます。こうした深刻な近未来が見えているのに、政府や行政は構造改革と呼べる政策に何も取り組んでいません。 ここで、日本の生産年齢人口に注目してみます。これまでは「15〜64歳」が生産年齢と言われていましたが、実際には15歳から働き始める人は少なく、大学まで進学する人が多くなっています。そこで、22歳までは生産人口に入れないほうが現状に合っていると考えられます。 その一方で、中高年に目をやると、新しい法律(改正高年齢者雇用安定法)によって、希望する社員は70歳まで定年を引き上げられるようになりました。というわけで、生産年齢を「22〜70歳」として計算し直すと、2015年時点の数字で、とりあえず261万人ぐらいの生産人口の増加が見込まれます(図表2参照)。ただし、これも2025年時点の推計だと143万人程度の増加になって、70歳まで引き上げた効果というのはすぐに小さくなってしまいます。それでも、とりあえずは100万人ぐらいは助かるということになるかと思います。医療から警察・自衛隊の質の低下も この少子化がもたらす影響というのは、まず経済的な影響としては国内市場が小さくなる、つまり“胃袋”が小さくなるということが挙げられます。それから労働供給、働き手が減少します。さらに、社会保障の負担をしなくてはいけない現役世代が減って、代わりに高齢者が増えるので、現役世代の負担が非常に増えます。 そして、経済成長率は当然低下して、税収も減少しますから、国債の乱発、ハイパーインフレのリスクが高まる──という道を歩むことになります。国債を出すのは、人口ボーナス(高齢者や子供よりも生産人口が多い状態)があった時代、つまり田中角栄さんの頃は、将来働く人は増えますから、多少借金してもよかったのですが、今は人口オーナス(人口ボーナスの対義語)の時代で、働く人が減るという時期に、国債を乱発すれば、これを返す人がいなくなってしまいます。 次に社会的な影響としては、いわゆる「消滅可能性都市」が増えていきます。これは2014年に日本創成会議(増田寛也座長)が提言したもので、年齢が39歳以下の若年女性人口が減少し続けている市区町村は子供が増えないので、将来は消えてしまうということで、2040年までに全国1800の市区町村のうち半分は消滅する可能性が高いという凄まじいレポートを書きました。これがますます深刻化するということです。 それから、高齢化率の上昇で地域社会の活力が低下します。さらに、児童数が減少して、学校の統廃合を余儀なくされます。 そして、医療、警察・消防、自衛隊などを含めて、行政サービスの水準が当然下がります。また、社会インフラの維持・更新が困難になります。 これは新刊『経済参謀』でもたびたび強調したことですが、人口が減少するということは、経済的・社会的に考えて、日本の国力が低下するということであり、国家の継続が危うくなる極めて深刻な問題だということです。少子化が深刻な国ほど予算が少ない それでは、海外ではどのような対策を取っているのでしょうか。まず先進国で出生率の高いところ——フランス、スウェーデン、アメリカ、イギリスなどは2に近い数字を維持しています(図表3参照)。 それから、だんだんと下がってきて、1.5を維持するのがやっとというところがドイツ、ハンガリーで、日本とイタリアは1.5を切っています。 そして、アジア諸国はおしなべて1にへばりついてきています。中国はこの2018年時点ではまだ1.7近い数字ですが、直近ではもう日本と同水準の1.3に落ち込み、かつての「1人っ子政策」から「3人っ子政策」へと方針転換を始めています。 また、韓国は1を割ってしまいました。2018年は0.84でしたが、2021年は0.81になっています。OECDの中で一番、世界でも最も低いという状況です。日本と並ぶ人口減少国です。 では、少子化問題に対して各国がどれくらいカネを使っているかということで、家族関係社会支出の対GDP比率を見てみると、OECD平均は2.34%です(図表4参照)。それに対して、日本は1.79%で、最も深刻な国であるはずなのに、予算はあまり使っていません。ちなみに、韓国はもっと使っておらず、1.30%です。実は韓国は、2020年に初めて出生数と死亡数が逆転して、死亡数のほうが多くなったのです(日本はすでに2005年に逆転している)。それで、いよいよ韓国も追い詰められています。 それに対して、ヨーロッパで出生率が高い国々は、GDPに対してフランスが3.6%、ハンガリーが3.47%、スウェーデンが3.40%と、いずれも3%以上使っています。 つまり、「少子化対策をやっています」とみんな言うのですが、やはり出生率を維持できている国に比べると、そうでない国は対策にカネを使っていないのです。 そこで、どんなふうに少子化対策にカネを使っているのかを調べ、日本もより効果的な対策に早急に取り組むべきなのですが、それが遅々として進められていないというのが、今の日本の現実です。少子化対策の4類型 世界各国の少子化対策は、大きく分けて4つの類型があります。まず、そもそも「少子化が起きなかった国」というのがあります。アメリカ、イギリス、オーストラリアなどがその例です。こうした国々は、出生率の低下などがほとんどなく、移民の流入によって人口が増加しています。基本的に、家族政策には不介入で、移民が子供をたくさん産んでくれるという状況です。 たとえば、オーストラリアはかつて「白豪主義」と呼ばれた白人を優先する政策のもとで移民を入れなかった時代には、総人口が1600万人ほどでした。今は3000万人近いですが、人口が増えた要因は、外国から来た移民がさらに子供を産んでいることが大きいと思います。そのため、オーストラリアのGDPの推移を見ると、途上国と同じような形をしています。そういう状況にある国が、この1番目の類型です。 2番目は「少子化が起きたが、政策によって転換した国」で、フランス、スウェーデン、オランダ、ハンガリーなどがそれに相当します。これらの国では、仕事と育児の「両立支援」によって出生率を回復させることを主目的として、それを実行に移しています。日本政府も、これらの国を少子化対策のモデルにしていると言っていますが、私が知る限り、これらの国の少子化対策のレベルには遠く及びません。 3番目には、「少子化が起きたものの、移民でしのいでいる国」です。これらの代表的な例は、ドイツ、イタリア、スペイン、カナダといった国々です。これらの国では、出生率が低下したにもかかわらず、少子化対策がほとんど行なわれずに、移民・難民を受け入れて、結果的にその人たちに人口増加を手伝ってもらう格好になりました。 そして、4番目の「少子化が起きて現在も進行している国」には、アジアの日本、中国、韓国、台湾、タイなどが入ります。これらの国では、少子化対策が効果を上げておらず、移民の受け入れなども進んでいません。この現実に、もっと危機感を持つべきだと思います。※大前研一『経済参謀 日本人の給料を上げる最後の処方箋』(小学館)より一部抜粋・再構成
2022.05.07 07:00
NEWSポストセブン
時間指定しているのに不在、再配達という届け先が意外に多い。置き配可能だと助かるのだが……(イメージ、Sipa USA/時事通信フォト)
現場の配送員が明かす「再配達の有料化」がそのうち避けられなくなる理由
 2017年に宅配大手が荷物の総量規制と配送料値上げに踏み切り「宅配クライシス」と呼ばれる状態に陥ったとき、再配達による宅配業務の圧迫がさかんに言われ、再配達は追加料金をとってもよいのではないかと一般顧客から声が上がるほどだった。その後、状況は改善されたかのように見えていたが、水面下では再び危機が迫っている。俳人で著作家の日野百草氏が、新型コロナウイルス感染拡大で利用者が激増した通販大手サイト配送における再配達と置き配の問題についてレポートする。 * * *「時間指定で置き配なしのお客さまが不在というのは本当に困るのです。そのお客様の1個を届けられるか、その積み重ねが食い扶持にも影響します。私たち配送員も人間です。生活があります」 通販サイト大手で個配を請負っていた旧知の配送員の話。現在は別の大手で配送の仕事をしているベテランだが、問題となっている時間指定と不在、そしてコロナ禍に普及した置き配の話を伺う。これはお客様へのお願い、でもあると語る。「時間指定のお客様にはより細やかなサービスで配達しております。在宅していても届け時にトイレ中、とか大切なテレワークの勤務中、とか想定しながら配ります。実際の現場では時間指定、そして不在となると長年の勘が頼りです」 日本ではおよそ300万人が物流に携わっている。その中で運送業(道路貨物運送業就業者)はおよそ180万人、運送会社(貨物自動車運送事業者)も6万社を超える。それぞれに違いがあるのは当然で、今回はあくまでお話をいただいた配送員の方が請け負っていた会社を事例としているが、時間指定と置き配、そして不在通知は個配に共通した問題であり、トラブルの元にもなっていることは確かである。「まず配送手順として時間指定から配送します。そこで不在の持ち帰りが発生すると、そのコースを配りきったあと、もう一度引き返し、再訪問します」時間指定なのに不在、再配達 配送員を悩ませるのは届け先の不在、それも時間指定の配達にも関わらずの不在、である。「1日200個以上を配達しますが、その中で時間指定の不在の方がいると悩ましいです。不在時は置き配可、なら問題ないのですが、勝手に置き配できませんから持って回って再連絡、再配達しかありません。せめて本人不在でも、誰かがそこにいらっしゃればよいのですが」 コロナ禍で一気に普及した置き配。対処は通販会社、運送会社によってさまざまで、不在でも置き配指定ならそのまま置いていく業者もあれば、置き配指定であっても不在なら持ち帰る業者もある。また荷主次第の部分もあって、例えばAmazonやZOZOなら不在でも原則的に置き配できるが、それ以外の荷物は不在なら持ち帰る場合もある。「置き配送手配はしないが時間指定はする、それで不在となると本当に困るんです。いろいろ事情はあるのでしょうが、ただ『忘れてた』と言われてしまうと……それも同じ荷物で何度も『忘れてた』を繰り返すお客様となると、ではこの荷物、どうすればお届けできますか? 本当に届けて欲しいのですか? となってしまいます」 配達員も人間である。荷主(発荷主)と受け取り客(着荷主)との相互契約により、あくまで仕事として請け負っているに過ぎない。「本音のところ『からかって遊んで楽しいのですか?』と、心の中ではエスカレートして来ます」 これまで何度も置き配、時間指定、そして不在票に関する個別トラブルがメディアで報じられてきた。SNSでも炎上案件の常連だ。配達員の事情を理解しない一部の客は、まるで自分の手下か奴隷のように扱う。 「その荷物が届かなかった為に、配達員はガソリン代とセンターとの往復を自腹で負担します。こうした小さな事案が日々、積み重なるのが日本の配達事情です」 配送業者に雇用されている配達員も苦労が絶えないが、請負で仕事をする配達員は再配達となると時間も経費も個人負担で余分にかかる。1日100個、200個どころか300個配ることもあるという宅配業者、ましてその数百個の事情はそれぞれだ。「そうですね、大規模マンションはとにかくお部屋がどこなのか初見(初めての訪問)ではわかりません。デザイン性なのかわかりませんがエレベーターの場所がわからなかったり棟ごとにエレベーターがあったり、入口が数か所でさらに中で分かれる建物などもあります。仮にフロアに40部屋もあれば右回りか逆か、エレベーターは各階停止とか、偶数階のみ停止するとか複雑そのものです」 この辺は昔から語られる宅配の苦労話だが、これで時間指定されて不在、となると堪らないだろう。「アパートやコーポでは表札もなく、部屋番号すら書いてないお客様もいます。そもそも伝票に部屋番号がなかったりもします」受取る側の様々な協力があってこそ AIによって宅配は進化を遂げたが、結局のところ配るのは人間、その人間である配達員の技量に左右される部分も大きいと話す。「一戸建ての場合も住所がわかりにくいとかあるのですが、わからなくてもお客様が『ここだよ!』と外に出て合図してくださったり、電話でも詳しく教えてくれたりしますが、とくに集合住宅の場合は事情があるのでしょうか、消極的です」 あくまで彼の感想だが、荷物を頼み、受け取りたいのはお客のはずである。「本当に届けて欲しいのですか?」はもっともな話。ましてや置き配厳禁の上で時間指定をするほどに荷物が必要、かつ重要なはずなのに。「ほぼ毎回の配送で時間指定に追われます。各コースのスタート時間からその日の担当エリアまで移動、着いたら時間指定をまずさばくのですが、渋滞などで遅れた場合、この到着時に指定時間に食い込んでいることもあります」 これを聞いて、「なんだもっと早く出ればいいだろ」「早めに配っとけよ」というのは早計である。「時間指定の前の時間に配ることはもっともしてはいけない配送です。あくまで時間指定は守らなければなりません。例えば18:00指定だとして、17:45に同じマンションの別の部屋に通常配送があったとしても、18:00~20:00指定の荷物をその時間に届けてはなりません。再度来るか、もう一周回るか、こんな感じです」 大変な仕事である。なにげなく使う時間指定がこれほど大変とは。お客にすれば自分の荷物だけの話だが、配送員にすれば数百個の荷物と数百人の客がいる。「こちらもプロとして誇りを持って日本の物流に携わっているつもりです。理不尽な対応にも慣れています。しかし時間指定で置き配なしの不在、それを再配達依頼で繰り返されると困ると同時に、悲しくなります」 かつて大手フードデリバリーの配達員に同じような話を聞いた際「数多くの苦難を乗り越えてお届けして、バッド評価と300円を頂きます」という切ない言葉が印象的だったが彼らも人間だ。もちろん不届きな配達員もいるだろうが同じくらい、いやそれ以上の不届きな客がいる。本来は荷物を届けたい側と荷物を受け取りたい側で協力すべきなのに、なぜか配達員と客という契約を奴隷か手下、パシリのように使う残念な輩がいる。国土交通省及び厚生労働省も「運送事業者と契約関係にある発荷主がいくら物流改善に取り組んだとしても、着荷主の協力が得られなければ十分な取り組みの効果は得られない」と『荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン』でまとめている。これ自体は事業者間取引を想定したものだが、そっくり個配にも当てはまる正論である。「このままでは値上げされてしまうでしょう。そうならないためにも、受取る側の様々な協力が必要です。そもそもお客様の荷物なのですから」 それにしても時間指定で置き配なし、それでいて不在、あとで連絡を受けて再配達してもまた不在、それを繰り返す客というのはいったい何がしたいのか。「滅多にないと言いたいのですが、よくいらっしゃいます。ご事情おありなのでしょうが、繰り返されると辛いですね。不在票は配達員の手が唯一加わる部分なのですが、あまりにも繰り返される場合、一筆お願いを書くこともあります」 至れり尽くせり、かつて、日本の宅配事業は質の高さとその安全性から世界に誇るシステムとして紹介されてきた。筆者も経験あるが、海外のほとんどは宅配どころか郵便すら適当で、日本の配達員、配達業者のレベルの高さを再確認させられる。日本にもそうではない配達員、配達業者は存在するというのはもっともな話だが、海外のほとんどはそんなレベルを超えている。遅延は当たり前だし荷物の扱いもぞんざい、そもそも届かないまま行方知れず、センターに足を運んでもスタッフみんなで笑って首を振ってみせたりする。日本が世界に遅れを取り始めたと言われて久しいが、物流の現場に関しては日本人の気質によるものか、いまだに世界のトップクラスと思っている。荷物が届くのは当たり前、なんて素晴らしい国なのだ。しかし困ったことに、そんな素晴らしい日本の物流現場が蔑ろにされる、これもまた、日本のロジスティクス軽視という悪い部分なのだが、現場の努力を蔑ろにするような、サービスにあぐらをかくルーズな「神様」が「お客様」として横暴を繰り返す。「時間指定専用のコースと配送員が設定されていればいいのですが、私の元請負先はそうではありませんでした。顧客の確保以上に配達員の確保は重要です。その点、事業者も努力すべきですが、お客様のご協力があってこそだと思います」 宅配に限らず物流業界の慢性的な人手不足はこのコロナ禍、さらに悪化している。筆者は免許制度の度重なる改悪も遠因と考えるが、将来的には2トン以上の自動車に乗れるドライバー数は少子化と新たな免許制度(現行法の普通免許は車両総重量3.5トン、最大積載量2トン未満まで)により大幅に減少するだろう。そこまで先の話でなくとも、もう「誰かが運ぶだろう」という時代は終わりつつある。「お客様にも受取る責任があると思うのです。以前から『再配達の有料化』という話も出ていますが、このままだと本当にそうなりかねないと思います」 事実、一部ネットスーパーは再配達手数料を導入している。スーパーの場合は生鮮食料品があるため配達員だけでなく店も死活問題、受取拒否にはキャンセル手数料も徴収している。まだ一部業者に限られているが、このまま一部の客による『どんな勝手な要求をしようと運んで当然』が繰り返されれば、大手宅配業者や巨大ネット通販も追随する可能性が高い。 物流は荷主、配達員、客の相互協力によって成り立つ。届かなければ困るのは客、勝手に振る舞っても届くとするなら、その便利と当たり前は、誰かの犠牲で成り立っていることを忘れてはならない。 それにしても時間指定で置き配なしの不在を連絡もなしに繰り返したあげくに再配達をすっぽかす客、もはや営業妨害という以外なにものでもない。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
2022.05.06 07:00
NEWSポストセブン
クリミア地方の小麦畑。2022年は収穫ができるのか流通するのかも不明(SPUTNIK/時事通信フォト)
高騰する輸入小麦を米粉や国産小麦へ切り替え「それ、緊急対策じゃない」と商社マン
 日本最大の製パン企業、山崎製パンが食パンと菓子パンを7月1日から平均7%値上げすると発表した。今年になって二度目の値上げは、原料となる輸入小麦の政府売り渡し価格の引き上げだけが原因ではなく、油脂類、砂糖、包装資材などあらゆるものの価格が上がり企業努力だけではどうにもならなくなったからだ。同じ4月28日に東京外国為替市場では、円相場が1ドル130円台後半に急落、20年ぶりの円安水準を更新した。俳人で著作家の日野百草氏が、輸入小麦をめぐる政府の政策が緊急の対応にならないだろう理由を探った。 * * *「価格の据え置きとか、輸入小麦を米粉やら国産小麦への切り替えなんて今すぐには無理です。これを緊急対策として言ってるとしたら、何を今更です。わかってて言ってるのでしょうが、ちょっとどうかと」 4月26日、政府が物価高騰に関して6兆2000億円規模の緊急対策を決定した。この決定は、生活困窮者への支援を拡大し、原油価格高騰を防ぎ、中小企業対策も拡充、輸入小麦や国産木材、家畜のエサなど原材料やエネルギーへの支援を盛り込んでいる。それを受けての専門商社に務める旧知の商社マンから疑問の電話。「輸入小麦はすでに政府売渡価格の引き上げが決まってました。17%です。海上運賃の高騰と円安、それに戦争ですからね、上がるのは仕方ない」 詳細かつ専門的な部分は本旨ではないため割愛するが、日本の小麦の90%近くは輸入に頼っている。輸入小麦はそのほとんどを政府が一括して買い上げているが3月、価格が17.3%引き上げられて1tあたり7万2530円と発表された。これは過去2番目の高値で、すでに4月から各製粉会社は業務用小麦粉の価格を改定した。しかし政府は今回の緊急対策で9月まで販売価格を据え置くとした。それはありがたい話だが、極めて限定的だ。「直近でもさらに1割以上、上がってます。7月の選挙のために据え置くだけでしょう」 今年は7月(予定)に参議院選挙がある。選挙までもう2ヶ月くらいしかない。今回の緊急対策とやらも同じく発表されたバラマキ(後述)と同様、露骨な選挙目当てということか。そんなことを言っている場合じゃないと思うのだが。「ロシアとウクライナの小麦を頼ってきたEU諸国が日本の分も手を出し始めてます。ただでさえ北米が不作なのに、さらに奪い合いになる」日本中で必要な量なんて賄えない 日本の小麦はアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国で90%以上を占める。日本はこの30年間上がることのなかった平均賃金と国力の衰退、超大国となった中国の台頭により資源の買い負けと海上貿易の弱体化、そして出遅れた脱コロナ禍、円安、戦争と悪状況の重なり続けたあげくに今回の緊急対策発表となった。筆者はこの半年の間『憂国の商社マンが明かす「日本、買い負け」の現実 肉も魚も油も豆も中国に流れる』『商社マンが明かす世界食料争奪戦の現場 日本がこのままでは「第二の敗戦」も』『ウクライナ侵攻の裏で進む世界食料争奪戦 激安を賛美する日本の危うさ』『悪しき円安と値上げの春 日本の「買い負け」はどこまで続くのか』と一貫して取り上げて来たが、残念ながらすべて現実となってしまった。「たとえばですけど、日本の気候で強力粉は難しい。日本中で必要な量なんて賄えない。科学の進歩に期待という悠長な話なら、それは緊急対策じゃありません」 小麦粉はたんぱく質の含有量によって、パンの原料になる強力粉、うどんや即席麺になる中力粉、お菓子の材料になる薄力粉などに分類される。日本国内で生産される小麦の生産量は増えているが、ほとんどが中力粉で、もっぱら日本麺に使用されているのが現状だ。国産小麦と書かれて販売されているパンも、イメージされる100%国産小麦ではなく、ほとんどが外国産とのブレンドだ。「それなのに輸入小麦を米粉や国産小麦への切り替えを進めるなんて、いや無理でしょ、できたとしても遠い未来ですよ」 日本は気候も面積も小麦の生産にすこぶる向いてない。向いていたらとうの昔に米のように作っているはずで、国内生産は10%強しかない。そもそも農地がまったく足りない。もちろん米農家を小麦農家にしろ、なんて簡単な話でもない。後述するが農家、農業従事者そのものが急速に減っている。現状は国内需要を満たすほどの「国産小麦への切り替え」なんて無理だ。「できたとしても遠い未来ですよ、現場からすれば絶対無理です。少なくともそれ、緊急対策ではありませんよね」 高騰する小麦に関して、政府は輸入小麦を米粉や国産小麦への切り替えを目指すとした。また小麦から米へ、とも。筆者も思う。本気で言ってるのかと。なんだか「やってるふり」のために付け足したみたいだ。「日本の小麦のほとんどは5銘柄が占めています。これを日本が国内需要分、作るって話なんですかね、穀物に関わってる人ならわかる話ですが無理です。ましてすぐになんて、これまでにない農業技術の革新、とか必要なレベルの話です」 国策研究所である理化学研究所すら600人削減する日本でそれができるかはともかく、日本の輸入小麦は主にアメリカのDNS、HRW、WW、カナダの1CW、オーストラリアのASWの5銘柄に集約される。飲食、調理関係の仕事をしている方には馴染みがあるかもしれない。とくにカナダの1CW(ウェスタン・レッド・スプリング)は日本の食パンといえばこの強力粉、というほどに馴染み深い。「先ほども言いましたが、強力粉を日本で作るのは難しいので、国内需要のほとんどは全面的に輸入に頼ってます」 小麦は品質とその安定、そして生産性が大事。先の3カ国のような良質の小麦が豊富に穫れる地域もあれば、生産力はあってもロシアのように品質が低いとされる地域もあるし、日本のように小麦栽培そのものが難しい地域もある。また地域によって強力粉(パン)、準強力粉(ラーメン)、中力粉(うどん)、薄力粉(ケーキ)、デュラム・セモリナ(パスタ)といった特徴もある。※カッコ内はあくまで代表的なものを挙げた。「日本にもあるにはありますが、作付面積からしたら産業と呼べるレベルではありません。関係者は努力してますが、作付面積も小さく、質も安定しませんね」 日本はわずかながら中力粉はつくられている。国産うどんなどはまさにそれ、そのほとんどは雨の少ない瀬戸内の一部や北海道を中心に生産されている。「日本のような高温多湿で雨が多く平地の少ない地域は一番向いてません。米農家からの転作も進めてますが、国民全体の食を支えるにはほど遠いですね」7月の参院選が終わったら市場価格を反映するでしょう 小麦の国内消費量は約640万トン、国産小麦の収穫量は約94万トン、意外と作っているように思えるが日本の気候ではとにかく安定せず、2020年は約8万トン減少している。また一番問題なのが離農や労働力不足により作付面積が増えないことにある。小麦がないなら米を食えばいい、なんて1960年の半分(一人当たり)しか消費していない現代人が言えた話ではない。そもそも農業就業人口そのものが1960年から6分の1に減っている。2000年から現在でも半分以上の農業従事者が消えた。「転作で稼いでいる国内小麦農家もありますが、あくまで小規模農業の話です。素晴らしいことですが、食料安全保障の問題とは別ですね。小麦に限った話ではないですが」 主要穀物(大豆、小麦、トウモロコシ)の90%、主要エネルギー資源(石油、石炭、天然ガス)および鉱物資源(銅、亜鉛、ニッケル、ベースメタル、レアメタル)のほぼ100%を輸入に頼る日本、食料自給率は生産額ベースで67%、カロリーベースで37%(ともに2020年度)、飼料自給率に至っては25%と実のところ、江戸時代にでも戻らなければ日本単独で生きていけないほどに「他人様に売ってもらう」「他人様に食べさせていただく」国になってしまっている。すべては食料安保を蔑ろにしてきた政府の責任だが、今回の緊急対策に小麦をピンポイントに加えたことは、まさに政府の危機感の現れだが、彼は納得いかないと語る。「輸入小麦を米粉、国産小麦への切り替えなんて緊急でできることではありません。何十年かかるかわからない。国内自給率を上げることは大賛成ですが、そういうことじゃないでしょう、政府は9月まで(急騰前の)価格を据え置くと言ってますが、7月の参院選が過ぎたら市場価格を反映するでしょう。小麦は半年ごとの価格改定、どのみち9月には改定なのですから」 まったくその通りで「そういうことじゃない」。緊急に対策しなければならない物価高に対して長期的なビジョンを語るのも変な話だ。現時点で小麦の安定した品質で需要を満たすほどの国内生産は厳しい。米粉に至っては個々人が健康志向で少量使うならともかく、産業として米粉転換などいつの話になるのやら。可能性や技術革新を否定しているのではなく、緊急対策だからこその話をしている。「やはり悪いのは円安なんです。円安が日本を追い詰めているんです。何もかも国外から買わなければいけない国で、売るにも以前ほど魅力のない国になって、市場で日本が買い負けるのを見続けるのってそりゃ怖いですよ」 今回の緊急対策、筆者も「やばい」と思う。安易な政府批判は避けたいが、この事態にこれって、ちょっとなあ……としか言いようがない。ガソリンの補助金を25円から35円に上げる前にトリガー条項の発動と重複課税の見直しだろう。低所得の子育て世帯に5万円配るのもわけがわからない。生活困窮者支援と説明するが生活困窮者の中でなぜピンポイントに「低所得」「子育て世帯」だけ5万円なのか、これに小麦の安定供給対策を加えておよそ6兆2000億円の血税をぶっ込むという。「それで緊急対策があれですからね、ほんとやばいと思います」 国民生活を守り抜く、と岸田首相は説明したが、円は20年ぶりに1ドル130円台をつけた。125円の「黒田ライン」とはなんだったのか。もうすぐ6月の給与明細(自営なら税額通知書)で増税ぶりを目の当たりにすることだろう。物価は上がり、税金は上がり、円は下がる。今回の緊急対策は「高齢者に5000円プレゼント」に代わる、低所得子育て世帯5万円のばらまきばかりが注目されるが、小麦の高騰対策もまた、ガソリンと同様にその場しのぎの「やばい」代物である。そもそも貧しい子持ちや小麦、ガソリンだけの話ではないはずなのに。「円安容認だけでもなんとかして欲しいんですけど。そのほうがよほど緊急対策だと思います。本当に何がしたいんでしょう」【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
2022.05.05 16:00
NEWSポストセブン
ANA武漢発のチャーター便を指揮、感謝状贈られた空港所長が成田に凱旋異動
ANA武漢発のチャーター便を指揮、感謝状贈られた空港所長が成田に凱旋異動
 新型コロナウイルスの“感染源”とされた中国の武漢市で、現地に残された計828人の日本人とその家族を救ったのが、ANAのチャーター便だ。 2020年1月、武漢市は感染拡大を受けて空港閉鎖を決定。ANAも武漢発着の定期便を運休させたが、在留する日本人を帰国させるため、政府チャーターを5便運航した。ANAのこの英断は賞賛を浴び、茂木敏充外相(当時)が直々に感謝状を贈った。表彰式はチャーター便運航に携わった機長ら5人のスタッフが外務省を訪れ、メディアでも大々的に取り上げられた。 5人の“英雄”たちは、その後どうなったのか。 ANAによれば、「チャーター便運航を受けての昇進などはなく、変わらず業務に励んでいる」(広報部)とのことだが、その中でひとり、凱旋帰国を果たしたスタッフがいた。当時、ANA武漢支店空港所長を務め、チャーター便全5便の搭乗などを指揮した鶴川昌宏氏(54)だ。 鶴川氏は2021年4月付で成田空港勤務となり、現在は成田空港全体の運航に関する統括業務を行なっているという。鶴川氏が語る。「コロナが落ち着いた2020年9月から武漢に戻り業務を再開していたのですが、昨年4月に日本帰任の辞令が出まして。当時、大臣に表彰されたのは身に余る光栄です。私はただ現場にいただけで、多くの仲間が頑張ってくれたおかげですから。一緒に表彰台に上がったメンバーとは、その後なかなか機会がなく会えていないんですけどね」 もっとも、表に出て表彰されたのは5人だが、実際にはチャーター5便を飛ばすのには何百人ものスタッフが関わっていたという。「運航許可を取るために日本・中国の関係各所と調整したスタッフ、空港や機内での感染防止対策の準備に奔走したスタッフ。あの“救出劇”はひとりひとりがそれぞれの持ち場で頑張った結果でした」(広報部) 異国に取り残された同胞を救った英雄は、変わらず謙虚に自分の仕事と向き合っていた。※週刊ポスト2022年5月6・13日号
2022.04.29 07:00
週刊ポスト
シャッターが下りたままの商店街(時事通信フォト)
「人口減少」過去最大に 日本の政治家が少子化問題を解決できない理由
 総務省は先ごろ、昨年10月1日現在の日本の総人口が、前年比で64万4000人減の1億2550万2000人になったと発表した。減少幅は過去最大で、日本の人口減少がますます加速していることを印象づけた。なぜ人口減少=少子化問題は解決の糸口が見いだせないのか。世界的経営コンサルタントとして活躍し、各国の経済アドバイザーを歴任してきた大前研一氏が、この日本が直面する難問について解説する。 * * * 日本の少子化は今、ものすごい勢いで加速しています。いわゆる第一次ベビーブーム(1947〜1949年)というのは、戦争が終わって、兵隊さんたちが戦場から日本に帰ってきて、子供がたくさん生まれたことがきっかけです(図表1参照)。そのあとに、その方々から生まれた子供たちが結婚・出産の適齢期になって、第二次ベビーブーム(1971〜1974年)が起こりました。 そして、今度はその第二次ベビーブーム世代の子供たちが適齢期になったら生まれるだろうと思っていた第三次ベビーブームは、結局到来しませんでした。つまり、この時期にはもう世の中が変わってしまっていたわけです。この時点で政府は、後述するような大胆な少子化対策を実施しておくべきだったと思いますが、結果的にはこの流れを変えることはできないまま、今に至っています。 1人の女性が一生の間に何人の子供を産むかという統計で、「合計特殊出生率」というものがあります。世界的な比較でもこの数字を使っているのですが、日本は2019年の統計で「1.36」となっています。理屈から言えば、子供の親は2人ですから、出生率が「2」以上でないと人口は維持できません。それが、今は1.36ということですので、今後ますます人口減少が進むのは確実ということになります。人口=国力の低下ほど深刻な問題はない さらに、日本の場合には、もう1つ大きな問題が出てきます。 国立社会保障・人口問題研究所は、日本の出生数についての将来推計を発表しています(図表2参照)。ところが2019年、つまり、新型コロナウイルス禍に襲われる前の時点で、「86万人ショック」というのがありました。人口問題研究所の推計に比べて予想以上に早く86万人になってしまったのです。さらに、2020年は84万人、2021年(推計)は75万人と、新型コロナの影響もあって、出生数が激減しました。もともと人口問題研究所の推計では、出生数が75万人になるのは2039年頃と考えられていました。したがって、18年も前倒しで出生数が減ってしまったことになります。 少子化の問題は、この2年で一気に加速したわけです。政治家にとって、これ以上深刻な問題はありません。人口というのは、国力です。人口が減っているということは、GDPも上がらないし、人々の胃袋は増えないし、そもそも警察や消防、自衛隊など、国や地方の社会基盤を支える人材がいなくなるということです。 しかも、介護や看護といった仕事をするのも比較的若い人ですから、この将来の人口が減るという問題以上に重要な問題はないはずですけれども、これに真剣に向き合って有効な解決策を提案している政治家はいません。 政治家が関心を持っているのは、いま目の前の政治アジェンダだけで、そんなことをやっているとあっという間に選挙が来てしまいますから、オリンピックをどうするかとか、新型コロナ対策はどうするかといった話に終始して、本来なら5年10年かけていろいろ準備して進めなければいけない問題に取り組もうというような政治家はいません。今の政治家たちの政策の時間軸というのは、おそらく数か月程度ではないかと思います。 しかし、私が近著『経済参謀 日本人の給料を上げる最後の処方箋』で詳述したように、この問題の根本的な解決なしには日本の“老衰”はいつまで経っても止まりません。少子化を加速させる4つの要因 もともとこの問題の背景には「未婚・晩婚化」という著しい傾向が出ていることがありますが、未解決のままとなっています。男性で生涯一度も結婚しない人が24%を超え、女性で一度も結婚しない人も14.9%に達しています。2019年の婚姻件数は59万8965組で、ピークだった1972年と比べると半分近くに減っています。また、初婚の平均年齢が上昇していて、男性は30.1歳、女性が28.3歳となっています。 もう1つ大きな問題として、配偶者がいる女性の出生率が低下しつつあります。もともとは、結婚した女性が産む子供の数は2人というケースが多く、理想の家族構成を聞いても子供2人という答えが多くを占めていました。そのため、有配偶者の出生率は2.0台を維持していたのですが、それが2015年に1.94と2を切るようになりました。 これは結局、結婚していない人が増えているということと、もう1つは晩婚化が進んだことによって高齢出産が増え、年齢的に2人目の子供を産むことができなくなっていると考えられます。 また、男性の長時間労働が慣行となっているため、夫が育児参加する率が低く、女性の「ワンオペ育児」が問題になっています。「ワンオペ」というのはコンビニでの就労などで問題になったように、人手が足りずに店員1人だけで働かされているということですが、女性のワンオペ育児というのは、育児、家事に加えて共働きで働いているというケースも出てきています。そうなると、とてもじゃないけれどやっていられないということで、子供2人なんてどだい無理だとなってしまいます。 3つ目は、出産・育児支援制度の不備が挙げられます。たとえば、OECD平均ではGDPの2.34%を家族問題に使っていますが、日本はその平均を下回っています。加えて待機児童の問題や不妊治療の所得制限などがあって、出産・育児のために国が全面的に支援するという形にはなっていないと言われます。 さらに、もう1つ大きな問題が戸籍制度です。結婚していないカップルの場合、子供が生まれても戸籍に入れられずに「非嫡出子」という扱いになる恐れがあって、妊娠しても結婚していないから子供を産めないとか、産んでも父親の戸籍に入れられないから可哀想だということになります。 かてて加えて、新型コロナ禍によって、結婚の件数も大幅に減っている上、妊娠の届け出というのが、前年に比べて5.1%減っています(2020年1〜10月)。つまり、新型コロナ禍で感染リスクを懸念して、結婚・妊娠・出産を控える動きが目立ってきているというのが4つ目の要因です。 感染リスクという意味では、里帰り出産が難しくなったということも挙げられます。日本の場合には、出産に際して、奥さんのほうの実家に帰って、出産やその後の育児を奥さんの親などに手伝ってもらうという人も多いのですが、新型コロナの影響で、東京や大阪などから地元に帰省するのはやめてほしいと言われるケースがあるそうです。そういった話も、この時期に妊娠・出産を控える方向に影響しています。 それから、子供を産める年齢層の女性たちがいわゆるパートやアルバイトといった非正規雇用で働いている場合、新型コロナ禍での業績悪化でレイオフ(解雇)や一時帰休の対象になって、出産・育児をしているどころではない状況に追い込まれているということもあります。 こうしたマイナスの要因に対して、役人や政治家が有効な対策をとれていないということは非常に大きな問題だと思います。※大前研一『経済参謀 日本人の給料を上げる最後の処方箋』(小学館)より一部抜粋・再構成
2022.04.29 07:00
NEWSポストセブン
1990年代に珍しく取材を受けた当時の滝崎武光氏(写真/AFLO)
世界61位の資産家・キーエンス滝崎武光氏 最大の個性は「目立たぬよう徹する姿勢」
 米経済誌『フォーブス』世界長者番付の2022年版において、資産額239億ドル(約2兆9400億円)で61位にランクインしたのが滝崎武光氏(76)である(ファーストリテイリングの柳井正氏が54位、ソフトバンクグループの孫正義氏は74位)。 滝崎氏はセンサーのメーカーであるキーエンスの名誉会長。キーエンスは、1974年に滝崎氏が兵庫県尼崎市に設立した会社で、自動車や精密機器、半導体などの工場で生産工程を自動化するファクトリーオートメーション(FA)にかかわるセンサー類を開発・製造するメーカーである。 過去5年間の社員平均年収は1930万円。業績に連動するため年ごとに差があるが、東証プライム企業のなかでも図抜けて高く、“日本一給料が高い会社”と呼ばれている。 滝崎氏は会社経営に対してストイックな姿勢を示すだけに、本人も目立つことを嫌い、地味に徹している。元『フォーブス日本版』編集長の小野塚秀男氏はいう。「私が『フォーブス』で取材した当時、すでに滝崎さんは成功した経営者で、取材も『億万長者に話を聞く』というテーマだったのですが、結局、私生活については一切話してもらえなかった。一代で億万長者になった人のなかには自己顕示欲の強い人もいますが、滝崎さんは決してそういうタイプではない。ZOZO創業者の前澤友作さんとは正反対の方ですね(笑)」 滝崎氏もある意味で“異端”なのかもしれない。キーエンスの元営業社員で中小企業診断士の立石茂生氏は、こう話す。「大富豪のカリスマ経営者のように思われていますが、決して豪快な人ではなく、むしろ“石橋を叩いて渡る”タイプ。基本的には派手なことは好まず、地道で堅実なことを好む人でした。 私が入社した当時、本社は大阪・高槻市にあり、滝崎さんは車で通勤していたのですが、すでに経営者として成功を収めていたにもかかわらず、国産の一般的なセダンに乗っていた。安い車ではないが、高級車というわけでもない。出張で新幹線を使うときも、グリーン車には乗らなかった。いまもそうなのかはわかりませんが、当時はそうでした」 そんな滝崎氏に関する奇妙な記事が、日本経済新聞(3月25日付朝刊)に出た。キーエンス財団に保有している自社株、745万株、時価3900億円相当を寄付したという内容だ。経済ジャーナリストの有森隆氏はこう言う。「3段見出しの大きな扱いでしたが、日経は前日(3月24日朝刊)にも寄付の件は報じていました。ただし前日に報じた内容が違っていたという訂正が含まれており、それが目立つように配慮した上で改めて正確な内容を報じたのでしょう。前日の記事では保有株を寄付した先を滝崎氏の不動産管理会社としたが、キーエンス財団の誤りだったということでした。 この訂正に滝崎氏のこだわりを見た気がします。 滝崎氏は2016年、この不動産管理会社の株式を長男に贈与したことをめぐって1500億円の申告漏れを指摘されたことがある。寄付先が不動産管理会社だとして変な誤解が広まると困るから、しっかり訂正したかったのではないでしょうか」 キーエンスに聞くと、「個人のことに関しましては、会社としてのコメントは差し控えさせていただきます」(経営情報室)と回答。日経新聞広報室は「同社からのご指摘で誤りが判明したため訂正しました」と答えた。 目立たぬよう徹する姿勢がこの経営者の最大の個性と言えよう。※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.23 06:00
週刊ポスト
キーエンス独自の社内ルールとは?(イメージ)
キーエンスの独特ルール「上司をさん付け呼び」「部下を飲みに誘うのは禁止」
 米経済誌『フォーブス』世界長者番付の2022年版において、日本人で100位以内に入ったのは3人。ファーストリテイリング(ユニクロ)・柳井正氏(54位)とソフトバンクグループ・孫正義氏(74位)という世界的経営者の間に割って入ったのが、資産額239億ドル(約2兆9400億円)で61位にランクインした滝崎武光氏(76)である。 滝崎氏はセンサーのメーカーであるキーエンスの名誉会長。キーエンスは、1974年に滝崎氏が兵庫県尼崎市に設立した会社で、自動車や精密機器、半導体などの工場で生産工程を自動化するファクトリーオートメーション(FA)にかかわるセンサー類を開発・製造するメーカーだ。 過去5年間の社員平均年収は1930万円。業績に連動するため年ごとに差があるが、東証プライム企業のなかでも図抜けて高く、“日本一給料が高い会社”と呼ばれている。 そんなキーエンスには、独特な社内ルールが存在する。キーエンスの元営業社員で中小企業診断士の立石茂生氏は、こう話す。「上司を肩書きで呼ぶのは禁止で、全員が“さん付け”です。私たち若手も“滝崎さん”と呼んでいました。風通しのいい会社に見えますが、実は“下克上”をしやすくするという理由もある。実力主義の会社なので、いきなり年上の部下、年下の上司になったりしますが、普段から“さん付け”なら抵抗が小さい。 上司が部下を飲みに誘うのも禁止です。会社の人間関係で、馴れ合いや好き嫌いの感情は持つべきではないという方針で、新入社員のときに滝崎さんから『赤ちょうちん談義は何の生産性もないからやめてください』と言われた」 会社が利益を出すために、必要のないものはすべて排除していくという姿勢だ。 滅多にメディアに露出しない滝崎氏が受けた最後のロングインタビューとされる『日経ビジネス』(2003年10月27日号)の記事で、滝崎氏は〈会社として過去を振り返っては絶対にダメです〉と言い、創業記念日を定めず、社史も編纂しない、アフターサービスが必要なくなった時点で過去の製品はすべて廃棄するという旨を述べている。常に未来を見据えよというメッセージである。 素人が財テクや不動産投資で儲けるのは、不労所得になるからやらないと言い、〈頭を使い、汗を流して、いい仕事をしようと〉社員には伝えているという。“合理主義者”と評される所以である。 キーエンス社員の間で語り継がれているエピソードがある。ある日、滝崎氏に営業社員から相談があった。「取引先から『お前の会社は儲けすぎだ』と言われるが、どう答えればいいか」。滝崎氏はこう答えたという。「私は若い頃、オーディオが好きだったが、ソニーの製品を買おうと思っても店側は値引きしてくれない。他社製だと3割くらい値引きするのに。だからといって、ソニーの商品が売れないということはない。本当に高すぎるのなら売れないはず。つまり、なぜ客が、高すぎる、値引きしろと言うかというと、本当にその商品が欲しいからだ。だから、それは商品に対する“誉め言葉”として聞いていればいい」 立石氏は、いかにも滝崎氏らしい返答だと語る。「滝崎さんは理系人間なので、どんなことでも理詰めで考え、反論を事前に想定して、答えを用意している。それで反論してくる人を論破できたら、その考えは正しいとみんなに納得してもらえるわけです」 値引きもしなければ、取引先に対する接待営業も一切禁止。理屈に合わないからだが、よほど自社製品に自信がなければ、できないことでもある。※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.22 07:00
週刊ポスト
高収益企業のキーエンスを一代で築いた滝崎武光氏とは、どんな経営者か(時事通信フォト)
広告宣伝をしないキーエンス “日本一高い給料”を可能にする経営方針
 世界長者番付の2022年版が4月5日、米経済誌『フォーブス』で発表された。電気自動車テスラのイーロン・マスク氏が、アマゾンのジェフ・ベゾス氏(2位)を抜いて初の世界一となったことが話題を集めたが、日本人の顔ぶれにも注目が集まった。 日本人で100位以内に入ったのは3人。ファーストリテイリング(ユニクロ)・柳井正氏(54位)とソフトバンクグループ・孫正義氏(74位)という世界的経営者の間に割って入ったのが、資産額239億ドル(約2兆9400億円)で61位にランクインした滝崎武光氏(76)である。 滝崎氏はセンサーのメーカーであるキーエンスの名誉会長で、米経済情報サービスのブルームバーグが昨年9月に公表した『ブルームバーグ・ビリオネアズ・インデックス』(2021年9月14日時点)では、保有資産で柳井氏を抜いて日本一になったとも報告されている。柳井氏と孫氏がコロナ禍で株価の下落により資産を減らしたのに対し、滝崎氏はキーエンスの株価が大幅に上がったことで、両者を抜き去る結果となったという。 しかし、日本一の富豪と言われても、滝崎氏は柳井・孫両氏に比べると知名度が低く、人物像もほとんど知られていない。 キーエンスは、1974年に滝崎氏が兵庫県尼崎市に設立した会社で、自動車や精密機器、半導体などの工場で生産工程を自動化するファクトリーオートメーション(FA)にかかわるセンサー類を開発・製造するメーカーである。 2020年度の売上高は5381億円で、対する営業利益は2968億円。営業利益率は51.4%に達している。東証プライム企業の平均的な営業利益率は7~8%とされているので、同社は突出して高い。ゆえに株価を押し上げ、時価総額(2022年4月12日現在)は13兆2000億円。トヨタ自動車、ソニーグループ、NTTに次ぐ4位である。 過去5年間の社員平均年収は1930万円。業績に連動するため年ごとに差があるが、東証プライム企業のなかでも図抜けて高く、“日本一給料が高い会社”と呼ばれている。 キーエンスの特長を、経済ジャーナリストの有森隆氏はこう語る。「工場を持たず開発に特化し、設備投資を最小限に抑えている。そして、センサーをはじめとする利ざやの大きな製品にラインアップを絞り、卸問屋を一切使わない直販体制で中間マージンを省き、値引きを禁止することで、極めて高い利益率を実現しているのです」 顧客が抱える問題を営業社員が見つけ出し、それを解決する製品を開発して提供するスピードが極めて速いのが同社の強みだという。基本的に取材は受けない では、この高収益企業を一代で築いた滝崎氏とは、どんな経営者なのか。 兵庫県立尼崎工業高校を卒業後、外資系のプラント制御機器メーカーに勤めた後、20代で二度起業したが失敗し、三度目の正直で27歳のときにリード電機(現キーエンス)を起業した。当初は大手が手がけないニッチ製品を製造していたが、自動車工場などで使う検出センサーの大ヒットでジャンプアップし、センサー業界のトップへと同社を導いた。 キーエンスは日本有数の企業であるにもかかわらず知名度が低いのは、製品が一般消費者と無縁の工場向けで、テレビでCMを流す必要がなく、広告宣伝は要らないと割り切っているからだ。それが営業利益率の向上にも寄与している。 企業のイメージアップのために、滝崎氏がメディアに露出することも滅多にない。そのため滝崎氏については、人物像が謎に包まれているが、1990年代に滝崎氏にインタビューをした元『フォーブス日本版』編集長の小野塚秀男氏は、当時の印象をこう振り返る。「基本的にマスコミの取材を受けないスタンスの方で、“冷徹な合理主義者”という評判も聞いていたのですが、大雪で取材が一回飛んだにもかかわらず、『あの日は大変でしたね』と労っていただき、取材に対しては物腰柔らかく、非常に丁寧に対応していただいた」 滝崎氏の経営方針は独特である。キーエンスの元営業社員(1987年入社)で、中小企業診断士の立石茂生氏は、社員時代をこう振り返る。「社員全員の負荷を同じにするという考え方が貫かれていました。営業所は全員の目が行き届く20~30人に抑え、パーティションなどの仕切りもなかった。サボるのを許さない一方、本社も営業所も全員、残業するんですが、21時でみな帰っていた。そういう意味でも“同じ負荷”なんです」 日本一高いとされる給与も、独自の給与システムから生み出される。「私が入社した当時は20代で400万円、30代で500万円くらいと、一般的な中小企業より少し高い程度でしたが、残業代は勉強会であろうと研修であろうと、しっかり支払われた。前に倒産させた会社で、残業代の支払いで社員と揉めたことへの反省があったのかもしれません。 その後、キーエンスの社員が高給になったのは、給与とボーナスの他に、毎月決算をして、営業利益から会社に入る分を差し引いた残りが全社員に分配される業績手当があり、業績がダイレクトに収入に反映される形になったからです」(立石氏)※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.21 06:00
週刊ポスト
「吉野家」店舗
吉野家「生娘をシャブ漬け」不適切発言の常務 「即解任」以外の選択肢がなかった理由
 牛丼チェーン大手・吉野家の役員が、4月16日に早稲田大学の社会人向け講座に講師として登壇した際に女性蔑視発言をした件が波紋を広げている。吉野家ホールディングスはこの件で、同社執行役員で、子会社である株式会社吉野家の常務取締役だった伊東正明氏を4月18日付で解任したと発表。問題発言からわずか2日での解任劇だった。 吉野家側は解任を伝えるリリースの中で、解任理由として〈同氏は人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があった〉と記述。〈本日以降、当社と同氏との契約関係は一切ございません〉と突き放した。 同氏は早稲田大学が運営している社会人向け講座「WASEDA NEO」の「デジタル時代のマーケティング総合講座」の中で、若い女性向けの自社の戦略を「生娘をシャブ漬け戦略」と表現。さらに、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘なうちに牛丼中毒にする。男に高い飯を奢ってもらえるようになれば、絶対に食べない」などと発言したことが明らかになっている。 すでに指摘されているようにこれは明らかな女性蔑視発言で、女性をモノとして扱うような不適切な発言だったことは間違いない。早稲田大学もすぐに講座担当から降ろすことを決断。このような人権・ジェンダー意識が欠如した発言では、吉野家側も、事実上“即解任”したのは当然の判断だったと言える。 伝えられている通り、吉野家は女性客をいかに取り込んでいくかに腐心していた。今回の件で女性の既存顧客や潜在顧客層が離れてしまうのは吉野家にとって大きなダメージとなるから、解任以外に選択肢はなかったはずだ。女性管理職割合は「24.3%」 加えて、吉野家にはもう一つ“即解任”を決断する要因があった。同社の事情に詳しい経営アナリストが語る。「吉野家は、社員の“女性活躍推進”を掲げていました。その看板だけ聞くと、どこの会社もやっている当たり前のことだと思うかもしれませんが、吉野家にとって女性社員は戦略上どんどん重要になっているのです。 外食産業はどこも人手不足の状況で、女性などの働き手の採用を強化しています。しかも会社として女性客を増やしていきたいという段階にあり、それには女性社員ならではの視点や発想が必要だった。そうした中で、女性社員のモチベーションや愛社精神を著しく傷つけるような発言は看過できません。“降格”や“減給○か月”といった甘い判断では、社内に説明ができない状況でした」 吉野家の採用サイトでは、「女性社員の割合30%!」「女性管理職の割合30%!」への取り組みとして、「女性採用担当者を配属」「キャリアへの意識改革」「男性社員への理念浸透活動」などに注力していることを説明。さらに、女性社員ならではの相談や悩みを共有できるネットワークとして「吉野家女子会」を発足させている。 同社の経営戦略を説明するサイトでは、「グループ女性管理職比率24.3%」という数字が示されている。「目標とする30%には届いていませんが、帝国データバンクの2021年の調査によると、女性管理職の平均割合は8.9%。過去最高の数字ではあるものの、まだ10%にも達していない。政府も女性管理職割合を30%に引き上げる方針を示しているが、日本企業では遅々として女性の登用は進んでいません。 その中で吉野家の24.3%はとても高いと言えます。何をもって“管理職”とするかの定義の問題はありますが、少なくともそうした社内の女性幹部たちから今回の発言に対して強い批判が起きたことは間違いありません」(同前) 吉野家では、女性店長を増やすことや復職支援、育児支援にも力を入れている。そうした中で、「生娘をシャブ漬け」発言に対し曖昧な形で決着させるという“日本的”な処分は許されなかったのだ。 女性の消費者、そして女性社員たちから、組織としての信頼を取り戻せるか。正念場だ。
2022.04.19 19:05
NEWSポストセブン
有楽町駅前の吉野家
吉野家 不適切発言の常務が語っていた「ビジネスに活きた高校時代の部活」
 牛丼チェーン『吉野家』を展開する吉野家ホールディングスの執行役員で、子会社である株式会社吉野家常務取締役だった伊東正明氏が、4月18日付で役職を解任されたことが発表された。 同社はリリースの中で、「当社は、昨日開催いたしました臨時取締役会において当社執行役員および子会社である株式会社吉野家常務取締役の伊東正明氏の取締役解任に関する決議を行い、2022年4月18日付で同氏を当社執行役員および株式会社吉野家取締役から解任しました」と報告し、「本日以降、当社と同氏との契約関係は一切ございません」と続けている。 解任理由については「同氏は人権・ジェンダー問題の観点から到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動があった」と記した。また、伊東氏が講義をした早稲田大学も「教育機関として到底容認できるものではありません」と表明し、当該講師について「講座担当から直ちに降りていただきます」と発表した。 伊東氏は、早稲田大学で行われた社会人向け講座で「デジタル時代のマーケティング」について語った際、「不適切な表現で不愉快な思いをする方がいたら申し訳ない」と前置きしつつ、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢、生娘なうちに牛丼中毒にする」といった趣旨の発言をしていたとして問題に。受講者による証言がSNS上で拡散され、「女性差別だ」と批判が殺到していた。大物マーケターとして知られた存在だった 早稲田大学で講義を担当するだけあって、伊東氏のビジネスパーソンとしてのキャリアは実に華々しいものだ。伊東氏は新卒でP&Gジャパンに入社し、食器用洗剤「ジョイ」や洗濯洗剤「アリエール」などのブランドを再建したとされる。2018年1月に独立。メディア出演も多く、マーケティング研修プログラム「伊東塾」を日本各地で開催するなど、大物マーケターとして名の知れた存在だった。 2018年10月に吉野家の常務に就任した伊東氏は、マーケターとして様々な施策を展開。新サイズにあたる「超特盛」「小盛」、健康志向メニュー「ライザップ牛サラダ」などのヒットを飛ばした。当時、原材料高などで苦境に立っていた吉野家だが、2019年3月以降、既存店の売上高が大きく改善していた。 自身の考えを周囲にわかりやすく伝えるためなのか、伊東氏はたとえ話をよく用いる。 吉野家のマーケティング戦略について『東洋経済オンライン』(2020年2月)の取材に、〈特別なことはしていないが、唯一使っているのが「引き出し理論」という考え方だ。人間の頭の中に引き出しがあるイメージで、その引き出しを開けたときに手前にあるものを買うのが購買行動だ〉と答えることも。一方で、マーケターと各種ツールの関係を「料理人」と「包丁」にたとえたこともあった。〈今は柳刃包丁に限らず、何百種類の包丁が売られている時代。それによって包丁をいっぱい揃えることに満足して、料理人であることを鍛えていない人が増えているように感じるのです〉(「アジェンダノート」2019年7月掲載のインタビュー) こういった言語感覚は、伊東氏が高校時代に落語研究会に所属していたことも関係していたのだろうか。落語の経験がビジネスに活かされている部分もあるらしく、伊東氏自身は同メディアのインタビュー(2020年4月掲載)でこのように語っている。〈普通に誰かと話しているときにも、相手の目や表情から、今は理解してもらえていそう、興味持っていそうということを読み取りながら言い方を変えているんです。それは落語という部活動で練習したからできていることなんです〉 もちろん、落語を経験した多くの人は彼のような女性蔑視発言をするわけではなく、落語にはまったく罪はない。伊東氏は場を盛り上げようとして問題発言をしたのかもしれないが、残念ながら本当の意味でその経験は活きなかったようだ。吉野家を利用する女性たちの声 実際に吉野家を利用する女性たちは、今回の騒動をどのように受け止めているのだろうか。店から出てきた女性客に声をかけたところ、このような答えが返ってきた。「吉野家は便利なので一切利用しなくなることはありませんが、やっぱり差別的というか、バカにされたような気持ちにはなりました」(30代女性)「ニュースを見て、古い人なんだなと思いました。でも時間がないときにパッと食べられて便利ですし、これからも吉野家を利用はします」(20代女性) 今回の騒動により、女性たちは大なり小なり複雑な感情を抱えながら牛丼を食べることになってしまった。創業120年を超える吉野家。4月19日からは開発に10年かけたという力作の親子丼が発売開始したが、広報活動を自粛し、発表会も中止になった。ただ純粋においしい料理を提供しようとしていたスタッフたちの胸中は──。
2022.04.19 17:40
NEWSポストセブン
電気自動車(EV)の充電を体験する小泉進次郎環境相(当時)。2020年10月21日、横浜市(時事通信フォト)
結局、日本の中高年はガソリンエンジン車とともに「逃げ切る」ことになるだろう
 スイカがモチーフのヘルメットをかぶり、オーバーオール姿で電動の原付バイクで旅するバラエティ番組『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』(テレビ東京)の見どころのひとつは、バッテリー残量が0%になったときに充電をさせてくれる近辺の民家や店舗などを探し回るところだろう。その慌てた様子はバラエティ番組なので楽しんで見られるが、自分が電動バイクや電気自動車を普段使いするかといえばどうなのか。SDGsに貢献する取り組みのひとつとして国策にもなり、各メーカーが急ピッチで開発をすすめるBEVを現在のガソリン車ユーザーはどう見ているのか、俳人で著作家の日野百草氏が聞いた。 * * *「BEVねえ、よくわかんないけど、電気でしか動かないんだろ。そんな大量の電気なんてどこで入れんのよ」 都心から50kmほど離れた関東近郊、ガソリンスタンドで缶コーヒーを飲みながらテレビを見ている高齢男性に話しかけてみる。着の身着のままで軽トラのオイル交換待ち、農家も多いこの辺で軽トラは都会のママチャリ感覚だ。「家で電気入れて、途中で止まったら大変でしょ、近所で入れさせてもらうわけ?」 実に素朴な疑問、この「入れる」は充電の意味だ。もちろん、このガソリンスタンドに専用の充電設備はない。BEVとはバッテリーの電力のみで動く電気自動車。日本では約8000万台の化石燃料車(HV・PHV含む)が走っている。いまやHV(ハイブリッド車・ガソリンと電気の併用・HEVとも)やPHV(外部充電できるハイブリッド車・PHEVとも)など珍しくもないが、純然たる電気自動車であるBEVとなるとその中のわずか数万台といったところ。将来的には内燃機関による自動車を全廃し、このBEVによって、ガソリンを使わず電気のみで脱炭素を目指すとしている。「テレビで見たな、スクーターで田舎走って『電気入れさせてください』ってやつ、あれ面白いな」 その番組は『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』ではないかと話すと「そうそう、でも自分じゃやりたくないな」とのこと。確かに人気番組で有名タレントだからこそ成立する話で、「充電させて」と言って「どうぞ」という家も少ないだろう。またフル充電でも実用距離は20kmくらい(乗り方、地形にもよるだろうが)だろう。「昔は家に『トイレ貸して』なんてのも来たけど、いまじゃおっかねえしな」充電設備じゃスタンドは食えないよ 筆者の生まれ故郷も負けず劣らず関東の田舎だったのでよくわかる。1970年代、幼少のころは「トイレ貸してください」と何度か大人の人が来た。昔は当たり前のように案内したが、さすがに都会も田舎も関係なく、現代ではおいそれと赤の他人を家には入れないだろう。それはともかく、日本政府(菅義偉内閣)は2021年の衆議院本会議の施政方針演説で「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」と表明した。それが本当ならあと10年ちょっとでガソリン・ディーゼルの新車は(もちろんHV・PHVも、理由は後述)順次、消えることとなる。外に出てスタンドの店主にも話を聞く。「充電設備じゃ食えないよ、いまだってカツカツなのに」 レギュラーガソリンは170円後半、補助金の効果はいまのところない様子。「いろいろあるからね、補助金出たから下がるわけじゃないんだ。複雑なんだよ」 本旨ではないのでここまでとするが、充電設備の計画はあるか。BEVやPHVを販売するディーラーの多くは充電設備を拡充している。「ないよ。全額補助してくれたって嫌だね。あっても電気じゃ単価が安くて儲からない。30分とか充電なんて回転率も悪すぎる」 バッテリーにもよるが急速充電でも30分から40分はかかる。家庭用コンセントなら10時間くらいだろうか(設備、車種にもよる)、BEVについてとにかく言及されるのが、この充電時間の長さである。「まあ、ガソリン給油するのと同じ5分とか10分で充電完了になるくらい技術が進めばいいけど、俺が現役のうちにそうなるかね」 BEVとは違うがFCV(水素で走る燃料電池車・FCEVとも)なら数分で済むがどうか。「水素ステーションにする金なんかないよ」 笑われてしまった。確かに水素ステーションなんて都心ですらレア、費用も数億円は掛かる。そもそもFCV自体が将来的にはともかく、現状は相当なレアキャラだろう。 別の日、同じく関東近郊の中古自動車店のオーナー(個人経営)に話を聞く。「リーフ(日産のBEV車)を引き取ったことはあったけど、うちでは手に負えないから業販に流しちゃったよ」 2021年の乗用車販売台数は239万9862台、そのうちBEVの販売台数は2万1139台と100分の1もない。ましてその2万台のうち日産が約1万台、あとはテスラを始めとする外国車がほとんどである。後発のトヨタやホンダは約700台という現状だ。「とにかく充電する場所が少ないからね。この辺は砂利駐も多いからさ、そんなところに充電器はなかなか置いてないよね、まして200Vだろう?」 都市部のマンションや施設の一部にはBEV用の200V充電設備が導入され始めているが、今でもこの地域にかぎらず都市部以外は砂利駐、いわゆる砂利を敷いただけの駐車場や空き地を利用したロープを張っただけ、舗装しただけの青空駐車場も多い。「マンションや団地だってこの辺じゃ充電設備なんて少ないよ。東京じゃ増えてるんだろうけど、車を一番使うのは田舎だからね、距離も乗るし」 充電設備を設置するとなると「誰が負担するか」という問題が発生する。補助金で対処できるはずなのだが、ごく一部のBEVユーザーのために設置するとなると地権者はもちろん管理組合、全住民の理解を得るのはなかなか難しい現実がある。「高速のサービスエリアと、あとはショッピングモール、ディーラーなら充電設備はあるけど、まだまだだね。個人的には距離がとにかく不安だな」 距離の問題は技術の進歩と普及率が解決するのだろうが、前述のリーフでフル充電した際の可走行距離は400km(試験走行時)、十分じゃないかと思う人は都会の人か至便な場所に住む人だろう、北海道はもちろん雪国や山間部の住人もBEVで、というのは酷な話、暖房を使えば先の可走行距離は当たり前だが縮む。2020年12月、新潟県の関越道上り線で2000台以上が巻き込まれた立ち往生の大騒動は記憶に新しいが、BEVの場合ガソリンのように持ってきてすぐ給油、とはいかない。単独のガス欠ならぬ「電欠」もそうだろう。いまの40代から上はガソリンエンジン車で逃げ切りでしょう「まあ国が決めたことだし、何十年後とかには全部電気(自動車)になるんだろうけど、俺はそのころ生きてないだろうし、生きてる間は普通にガソリンエンジンの中古車売るよ」 非常に正直な意見で、先のガソリンスタンドのオーナーも「俺の代で終わりだから、このまま灯油とガソリン売るよ」と言っていた。石油や天然ガス、石炭などの化石燃料の廃止および長期契約禁止は各国、各地域によりばらつきがあるがおおよそ2040年から2049年ごろを予定している。都心の高齢者サークルで聞いても同様の回答だった。「軽で十分よ。そこまで生きないし、生きてても免許は返納してるでしょうよ。いまだって免許をそろそろ返したらって娘がうるさいのに」 そう言って笑う女性は70代半ば、確かに現状はガソリンエンジン車、せいぜいトヨタのプリウスに代表されるHVで済む話。別の60代男性もこう語る。「いちいち不便な電気自動車にする必要なんかないですよ。それが便利になるころには私たちはあの世だ」 もちろん冗談で笑い合うような雰囲気だったが、これは他人事ではなく筆者も今年で50歳、まあいつまで生きるかは知らないが、加齢による免許返納を加味してもガソリンエンジン車で生涯を終えるだろう。これが実のところ国内のBEV普及の最大障壁になるのではと思うのだが、「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」とする政府方針とは裏腹に、仮に80歳前後で寿命、もしくは免許返納とするなら現在の65歳以上の運転免許所有者2000万人そのものは消える。2049年とするなら筆者も入ってしまい、おおよそ4000万人の運転免許所有者が消えることとなる(令和2年度版、運転免許統計から独自に算出)。もっと長生きするかもしれないが、それこそ90代まで運転というのは現実的ではないし、例の池袋の事故ではないが控えるべきだと思う。 また、ただでさえ30歳未満の自動車保有率は半数前後、二輪に至っては国産車新規購入ユーザーの平均年齢が54.7歳(日本自動車工業会・2019年度二輪車市場動向調査)という「中高年しか乗り物を買わない」という現状にあって、その中高年の大半がBEVの世に消えてしまう。もちろんこれはBEVに限った話ではなく、これから迎える内需を脅かす急速な人口減の話にもつながるが、2021年の出生率は84万人、彼らが免許を取得する2040年代、国内メーカーが現在の自動車ユーザーの主要世代とその数を収益面でリカバリーできるとはとても思えない。国内自動車メーカーの元エンジニアにこれらの話をしてみると笑って答えてくれた。「いや、もっと簡単に考えましょうよ。ガソリンはあちこちで給油できるし数分で終わる、ガソリン車のほうが選択肢は多いし中古で安く買える車種もある、軽だってある。車検や修理、整備士も含めていまだにガソリン車が前提、日本の大半が地方で車は趣味より生活の足、そう考えると、ぜんぶ逆のBEVを選ぶ人っているんですかね、BEVの超高級外車はともかく、国産の安いので補助金あっても最低200万とか300万はするでしょ、買いますか?」 確かに200万、300万出すならガソリン車(HV・PHV含む)のほうが現状は魅力的な車種がよりどりみどり。エコというだけでわざわざ面倒で選択肢も限られ、電気インフラそのものも未整備なBEVを選ぶというのはそうとうに意識の高い人、もしくは新しもの好きの人に限られるだろう。幸いにして日本の自動車メーカーは世界を制した丈夫で高性能なガソリンエンジン(内燃機関)を有している。すべてにおいて質も高い。私たちもその恩恵にあずかっているわけだが、このアドバンテージすら消えるのはとても怖い気がする。「BEV車ばかりになれば充電待ちも増えるでしょう。HVは国内的に理想的ですが、あれも結局のところガソリン(もしくはクリーンディーゼル)使ってますからね」 自動車における化石燃料の全廃となればHV(PHV含む)も消える。欧米や中国といったBEV先進国はHVにも否定的であり、実際にEUのガソリン車販売禁止(2035年を予定)にはHVも入っている。EUの方針が国際基準として通るなら、日本が唯一アドバンテージを持つとされるHVも消える。日本メーカーのBEV、FCV開発の挽回に期待したいところだが、欧米はもちろん中国、韓国は国策による強引ともいえるインフラ政策も手伝って遥か先を行っている。とくに中国の電気自動車メーカーの躍進はめざましく、SGMW、BYDといった日本では馴染みのない新興企業が世界市場の上位にいる。もちろん圧倒的な首位はイーロン・マスク率いる米テスラだ。「資源のない日本にとって脱炭素って不利だと思いますよ。仕方のない話ですが、さっきお話していた国内のインフラ面も含めて遅れたためにHVでいくしかなかった。旧来の日本車が優秀過ぎたのもあったと思いますし、国内の人口減が決定的な状態で既存顧客を捨てられないというのもあると思います。いまの40代から上の方々はガソリンエンジン車を生涯使っても問題ないでしょうからね、逃げ切りというか」 幸い、と言っていいかわからないが、寿命にしろ免許返納にしろ、現在の中高年から上はBEVとそれほど付き合わずに済むだろう。そもそも言い方が難しいが、BEVも含めた「2050年カーボンニュートラル」を宣言する内閣の平均年齢そのものが61.8歳、それでも次世代のために尽くしているのだ、と考えたいが「今だけ金だけ自分だけ」が跋扈して久しい近年の政治を見るにつけ正直、信用しづらい。「環境関係の補助金や助成金は美味しいですからね。それはBEVも同じでしょう。政治の道具にもなっているようにも思います」 これは本旨ではないため割愛するが、とにかくBEVという命題に絞って考えれば車種の充実や補助金よりも脱化石燃料の社会を前提にしたインフラの整備、それに移行することに対する国民の理解と安心を確保することが先なのではないか。「日本は電力も不足していますからね、今後さらに不足するのに脱原発、火力発電もいずれ禁止になるかもしれない、それですべてを電気自動車って、どうするつもりなのでしょうね」 資源もなく、脆弱な日本の電力事情で将来的に完全な脱化石燃料、BEVを進められるのか。イギリスはこれから原発を8基、フランスに至っては14基(!)計画しているが日本はどうするのか。ロシアのウクライナ侵略が長引けば、資源の乏しい日本はさらなる買い負けと資源の高騰に苦しむだろう。この戦争により欧州のグリーンディール路線もさっそくあやしくなってきた。主義主張で電力は賄えない。BEVが増えても肝心の電力が不足しては本末転倒だ。広大な国土はもちろん資源大国でもある中国はBEVやFCVでも構わないのだろうが、日本にとってはディスアドバンテージでしかない気がする。せっかくの世界に誇るガソリンエンジン技術も捨てざるを得ないとは。「でも企業は政治家なんかより先を見てますよ、日本の自動車メーカーがBEVで立ち遅れたくないのは海外で売るためですから、国内需要なんて将来的な柱には入ってないでしょう」 なるほど、2050年でもうひとつ付け加えるなら日本の人口は1億人を切る。そのうちの約60%は65歳以上の高齢者である。日本の自動車メーカーはユーザーそのものが減り続けることの決まっている国内より、国外で生き残りを賭けている、ということだろう。 なんだかもう、BEVがどうこうでない気がする。実のところ、化石燃料禁止と脱炭素に懐疑的な人たちは大きな観点で日本の将来を不安視しているのかもしれない。お国によって事情は様々なはずなのに、何でも世界に、とくに欧州に迎合することが、本当に資源の乏しい日本のためになるのだろうか。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
2022.04.17 16:00
NEWSポストセブン
渋谷駅前で観光案内所として機能していた「青ガエル」。2020年に秋田県大館市へと引き取られた
鉄道車両の余生 塗り替えなしに地方を走ることも増加
 お馴染みだった鉄道車両が引退したあと、余生の過ごし方は様々だ。歴史的なものとして展示されたり、地方の鉄道を走ることもある。再び走ることになった場合、これまでは、その地方鉄道が指定する色に塗り直されることも多かった。ところが、最近は往時のカラーリングのまま走っている例が増えている。ライターの小川裕夫氏が、渋谷から秋田へ引っ越した「青ガエル」や、お色直しをせずに地方を走る鉄道車両の事情についてレポートする。 * * * 秋田県大館市は、東京・渋谷駅前広場に設置され、観光案内所としても使われていた東急電鉄5000形を2020年に譲り受けた。5000形は前から独特な外観で人気が高く、そのカラーリングと前から見ると丸みを帯びた下ぶくれ顔をしていることから”青ガエル”との愛称で呼ばれた。 大館市は大館駅前にある観光交流施設「秋田犬の里」に、引き取った青ガエルを展示。観光案内や秋田犬の情報発信拠点として活用していた。 秋田県は毎冬に多量の積雪を観測する。秋田犬の里に展示されている青ガエルは、冬眠という名目で一般公開を休止。今年は4月8日に冬眠から目覚め、一般公開を再開した。「秋田犬の里は、市が整備した観光・交流施設です。大館市が青ガエルを引き取ったのは、もともと渋谷区と自治体間交流があったからです」と説明するのは、秋田犬の里の担当者だ。 2001年、大館市と渋谷区は防災協定を締結。翌年、渋谷区は学校給食で大館市産のコメを使用開始している。 こうした縁から渋谷駅前にある5000形が大館市へと引き取られることになったわけだが、「大館市民にとって、東急電鉄と言われてもピンとこないのが実情かもしれません。しかし、秋田犬の里は小坂鉄道の大館駅跡地を整備したものです。だから、鉄道とまったく無関係ではありません。青ガエルに会いに来た鉄道ファンが、小坂鉄道の史跡にも触れていくといった観光効果を生み出しています」(秋田犬の里の担当者) 小坂鉄道は小坂鉱山で採掘された鉱石を運搬する貨物輸送がメインで、1994年に旅客輸送を終了。しかし、その後も貨物輸送は2009年まで続けられた。 大館市に引き取られた青ガエルは、実際に営業運転していない。それでも一般公開されているため、昔を懐かしんで訪問する旧沿線住民や鉄道ファンがいる。熊本電鉄が車体カラーを変えない理由 大館市のほかにも、過去に青ガエルを引き取って実際に営業運転していた鉄道会社もある。それが熊本電気鉄道(熊本電鉄)だ。「わずかな期間ですが、熊本電鉄で引き取った青ガエルを当社独自のカラーで走らせていたことがあります。しかし、車体を塗り替える際に東急時代の緑色に戻したら、思いのほか好評でした。わざわざ東京から乗りに来てくださるお客さんもいました」と懐古するのは熊本電鉄運輸課の担当者だ。 熊本電鉄を走っていた青ガエルは2016年に運行を終了したが、熊本電鉄は2015年に東京メトロ銀座線から退役した中古車両を購入している。熊本電鉄に譲渡された東京メトロ銀座線の車両は、車体カラーを当時のままで運行をしている。 銀座線のほかにも、熊本電鉄は2019年に東京メトロから日比谷線の車両を購入している。東京メトロの鉄道車両を続けて購入したのは偶然に過ぎず、「特に東京から鉄道ファンなどを呼び寄せる観光コンテンツにする目的ではありません。また、今後も観光の目玉にすることは考えていません」(熊本電鉄運輸課の担当者)という。 そして、このほど熊本電鉄は静岡鉄道から古い車両を引き取った。静岡鉄道から引き取った車両も塗り替えずに運行を開始している。「車体カラーを変えないのは、単純に経費を少しでも抑えるためです。鉄道車両は帯だけを塗り替えても、一編成で約200万円かかります。車体全体を塗り替えることになったら、費用はもっと高くなるのです。利用者の少ないローカル線は、少しでも経費を切り詰めなければなりません」(熊本電鉄運輸課の担当者) あちこちの鉄道事業者から鉄道車両を購入すると、熊本電鉄の車両から統一性が失われてしまう。それは鉄道会社としてのアイデンティティを喪失することにもつながりかねない。「そうした懸念はありますが、まずは鉄道を存続させることが大事です。地方のローカル線は常に赤字です。少しでも経費を削減しなければならないのです」(熊本電鉄運輸課の担当者) 熊本電鉄は観光の目玉にすることは否定したが、車体カラーをそのままにすることで沿線外需要を呼び込もうとする鉄道事業者もある。少なからず幼少期や青春時代に利用していた車両に会いたいと遠くまで足を運ぶファンがいるからだ。クラウドファンディングで「キハ40」譲渡費用を調達 例えば、兵庫県小野市の粟生駅から加西市の北条町駅を結ぶ北条鉄道は、JR東日本からキハ40形を購入した。キハ40は、以前に青森県と秋田県を結ぶ五能線を走っていた。 北条鉄道は、キハ40を譲り受けるための費用をクラウドファンディングで調達。目標は1000万円だったが、1300万円を超える支援が集まった。クラウドファンディングに応じた人の多くは、北条鉄道の沿線に住んでいる住民や以前に住んでいた旧住民だが、「新天地でキハ40が走る姿を見たい」と期待した東北にゆかりのある人もいる。 北条鉄道に活躍の場を移したキハ40は、当時のままの車体カラーリングで走っている。クラウドファンディングという手法を使って多くの人と縁を深めたこともあり、古参の鉄道ファンや五能線沿線に在住者たちなどが北条鉄道を訪問するという地域間交流も生まれている。 近年、映画やアニメのファンが作品の舞台を旅行する現象が生まれた。これは聖地巡礼と呼ばれる。 譲渡車が当時のカラーリングのまま走ることで、ファンや旧沿線住民が乗りに訪問する。その現象は、鉄道版の聖地巡礼といえかもしれない。 いくら沿線外からの利用者を呼び込んでも、それによって経営を劇的に好転させることはないだろう。中古車両は、あくまでも鉄道事業者が沿線住民の足として使うために購入したに過ぎない。 しかし、鉄道事業者は余分な手間や費用をかけているわけではないのに、中古車両を購入したことで沿線外から利用者を呼ぶ効果を期待できる。沿線外需要といっても微々たるものかもしれない。それでも、座して死を待つわけにはいかない。生き残りのために、できることはやる。そんな気概も感じられる。 コロナ禍や少子高齢化で苦しむローカル線の先行きは決して明るいとは言えないが、譲渡車が地方で奮闘を続けることは微かな光明なのかもしれない。
2022.04.17 07:00
NEWSポストセブン
ANA芝田浩二新社長は、今後の戦略をどう見据えているのか
ANA芝田浩二新社長が宣言「需要の増減に対応し、黒字化を目指せる」
 コロナ禍で世界中の旅客需要が瞬く間に蒸発した。以来2年、航空業界もまた、回復途上にある。そうしたなか、2大エアラインのひとつであるANAホールディングスではこの4月にトップが交代し、芝田浩二社長(64)の新体制が始動―─どのような反転攻勢を見据えているのか。 2021年3月期のANAホールディングスの決算は、コロナ前(2019年3月期)に比べ売上高は約3分の1弱まで縮小し、1650億円あった営業利益は一気に4600億円超の赤字に沈んだ。2022年3月期も、第3四半期に黒字まで漕ぎつけたが、第4四半期はオミクロン株蔓延で再び苦戦、通期での赤字は避けられない。芝田新社長にとってはまず、年間での黒字達成が大きな課題となる。そこで同氏に、難局をいかに打破し、必達目標の黒字化を実現するのか取材した。──3年目に入ったコロナ禍にロシアのウクライナ侵攻という地政学リスクも加わり、難しい舵取りでの船出となりました。芝田:社長指名を受けた時、この先も二難、三難という思いでしたが、2月末にウクライナ戦争が起きて八難ぐらいになったような、非常に厳しい環境認識は持っています。ただ、航空業界には様々なリスクが付きもので、古くは中国の天安門事件しかり、その後もアメリカの同時多発テロ、SARS、リーマン・ショック、東日本大震災などの逆境に遭遇しましたが、その都度、我々は自分の足でしっかり立って克服してきた歴史があります。──黒字化に向けて足元の手応えは。芝田:国内線に関してはかなり需要が戻りつつあり、このままいけば夏にはコロナ前の需要水準にほぼ戻るのではないかと見ています。国際線も、向こう2年ぐらいかけてコロナ前に戻るのではないか。ただ国際線の需要回復は少し読みづらい。日本の入国緩和政策だけでなく、外国の政策も揃わないと本格的な回復軌道に乗ってこないからです。需要の戻り方も、ビジネスとレジャー、インバウンドとアウトバウンドとがあるなかで、現状では訪日のインバウンド需要の戻りが一番早いという仮説を立てています。 この2年のコロナ禍で学習し、機材手当てを中心に供給調整にグリップを利かせてきました。需要の増減に柔軟に対応すれば、国際線の収益も十分に担保していけるはず。新たな問題はロシアのウクライナ侵攻です。我々もロシアの領空を飛ばない迂回ルートを採っているため、飛行距離が伸び燃料費が高くなります。この状況が続くようであれば、お客様に運賃値上げのご負担をお願いすることになる可能性もある。 目下、我々のビジネスを下支えしているのが貨物事業で、2021年度の第3四半期までの実績で言えば、航空事業全体で貨物が占める割合は51%に達しています。今後の中期的な戦略上も重要なビジネスになる。──キャビンアテンダント(CA)を中心に現在、異業種約300社に1700人が出向しています。今後の出向者の復帰や採用の予定は。芝田:まず、受け入れ先の企業様と、出向者のがんばりに感謝したい。そして出向者には、“新しい風“を吸収して帰ってきてほしいと願っている。外部で得た知見やスキルは復帰した際に当社の業務にも反映できるでしょう。 出向者は、誤解を恐れずに言えば“出稼ぎ”により生産力の調整をしてもらっているわけですから、機材のやりくり同様、人材面の需給調整も需要回復が本格化し次第、呼び戻していきたい。そのためにも、しっかり黒字を見据えた予算を作り上げます。ただ、現状ではまだCAの余剰感が若干あるので、新規採用のほうはもう1年見送ることにしました。3ブランドでニーズを総取り 芝田新社長は東京外国語大学出身で、在学中に2年間休学して北京の日本大使館で働いた経験もあり、英語、中国語を自在に操る。全日本空輸(以下ANA)が国際線の定期便を就航させたのは1986年だが、芝田氏は就航先となるワシントンD.C.や北京の支店開設準備、交渉などに奔走。その後も海外エアラインとのアライアンス業務、ロンドン支店長やアジア戦略部長などを歴任し、「入社以来、何かしら国際線に関わる仕事にずっと携わってきた」という社内きっての国際派である。──去る3月8日、ANAやLCC(格安航空)のPeach Aviation(以下Peach)に続く、第3のエアラインブランド、Air Japan(以下AJ)を発表した。3社の連携や棲み分けはどうなりますか。芝田:就航は事業環境を鑑みて2023年の後半と当初の構想より後ろ倒しにしました。Peachは香港など3~4時間圏内の都市をカバーしますが、今後は東南アジアやオセアニアなど7~8時間圏内の訪日需要をさらに喚起したい。そのために、従来から中距離路線向きのボーイング787型機を運航していたAJを活用することにしたのです。 PeachとAJは完全に棲み分けできますが、フルサービスキャリアのANAとAJは切磋琢磨して、お客様の選択肢を広げてほしい。多様化しているニーズを、ANA、AJ、Peachの3ブランドで総取りするつもりで各社、踏ん張ってもらいたいと思います。 AJは、できるだけPeachに近い価格設定をしたうえで、食事をはじめとした有料機内サービスは、お客様にトッピング式に選択していただくような尖ったサービスを考えています。 一番こだわったのが座席仕様で、東南アジアに就航しているエアライン各社の状況や搭乗されたお客様の声を、つぶさに調査してきました。一度乗ったらまた乗りたくなる、そんな座席の仕上がりになると思いますので、ぜひご期待ください。一方で、コストセーブに関してはPeachが培ったノウハウを活用していきます。──今後は3社で共同運航(コードシェア)していくケースも増えていく?芝田:今後検討していく内容になるものの、必ずしもコードシェアをしていく必要はないでしょう。何より、お客様に自由に3ブランドから選んでいただくことが大事です。例えば、若年世代で元気がいい時は多少、座席が狭くとも低価格のPeachを選び、その分、渡航先のホテルやアクティビティに回したいという方もいるでしょう。 一方、シニア世代でお金にも時間にも少し余裕がある方は、ゆったりとANAのフルサービスで寛いでいただく選択肢があります。3社をTPOで使い分けていただく。そうして航空・非航空事業を含めたトータルサービスの横串となるマイルをフックに、各シーンに応じてANA経済圏で回遊していただきたい。──コロナ禍以降は、非航空事業を拡大する必要にも迫られました。芝田:2013年に持ち株会社体制に移行したのは、新規事業を本格的に育成していくことが主眼でした。以来約10年、正直遅れは感じていますが五合目ぐらいまでは来ているのかなと。展開の順番で言いますと、分身ロボットのアバター事業、メタバースの仮想空間旅行、次いでドローンや空飛ぶクルマの事業になります。 仮想空間旅行で期待するのは、実は国内より海外のお客様です。例えば、東南アジア・欧州ではまだ足りないANAのブランドバリューや認知度を、さらに上げていきたい。このメタバースビジネスは、今年度中にも正式なサービスインにもっていく予定です。JALとの切磋琢磨 旅客需要蒸発の大打撃は世界の航空再編にも繋がった。韓国で大韓航空がアシアナ航空を吸収合併したのが一例で、公正取引委員会も条件付きながら認めている。翻って日本では、アメリカの同時多発テロ勃発翌年の2002年、日本航空(JAL)が日本エアシステム(JAS)と経営統合したことで大手3社体制が崩れ、2010年にJALが破綻した時に続き、今回のコロナ禍でも再編論議が再燃した。──将来的な日本の空の競争環境はどう考えるか。芝田:お客様の立場からすれば当然、選択肢があったほうがいいわけで、大手2社が併存していくべきだと思います。韓国のような再編事例もありますが、アメリカもヨーロッパも大手エアラインは3社ありますし、日本の空も2社を許容できる余力は十分にあるんじゃないでしょうか。 少なくとも現在の環境下では、我々とJALさんとで切磋琢磨し、お客様に利便性を提供していきたいというのが私の思いです。特に国際線を考えますと、1社体制で世界中にネットワークを展開することは難しい。現在は海外エアラインとのアライアンスの勝負にもなっているからです。 目下グローバルな航空アライアンスは、当社が所属するスターアライアンス、JALさんが加盟するワンワールド、それにスカイチームの3つがあります。仮に日本の航空会社が1社体制になった場合、少なくとも短期的にはアライアンスの強みが活かせません。 今年で創業70周年。ヘリコプター2機の小さな会社でスタートしたANAグループの中には、逆境下でも知恵を絞り、創意工夫して単独で解決策を見出していくDNAや精神が、まだまだ脈々と生きていると思っています。皆様にとってなくてはならないエアライングループという存在になれるように頑張ってまいります。聞き手/河野圭祐(ジャーナリスト)※週刊ポスト2022年4月22日号
2022.04.12 11:00
週刊ポスト
韓国・水原にあるサムスン電子の半導体工場。2007年(AFP=時事)
70代元家電メーカー技術者の悔恨「メイド・イン・ジャパンを放棄してはいけなかった」
「ものづくり」という言葉が日本の製造業の強さとして、さかんに世の中で言われるようになったのは1990年代後半のこと。団塊の世代がいっせいに定年を迎える「2007年問題」が取り上げられ、技術の継承が危ぶまれたこともあって注目をあびるキーワードとして浮上した。だが世間の耳目を集めたときにはすでに遅かったらしく、そのとき技術者たちは日本の製造業の隅へと追いやられた後だった。俳人で著作家の日野百草氏が、日本の「ものづくり」がどのようにして弱体化させられたのか、製造業の技術者として働いていた人たちが現場で見たことを聞いた。 * * *「よいものを作れば評価される時代がありました。それが儲かるだけのものに変わり、インチキしか作れなくなり、最後は関係ない仕事をしていました」 筆者が教えるシニア向けの趣味サークルで語ってくれたのは70代の元技術者、出会った当時、といっても4、5年前だが「あの製品は私も手掛けてましたよ」と聞いて筆者は色めき立ったものだ。彼は家電メーカーの技術者だった。そう、かつての日本はあらゆる「ものづくり」で世界のトップに立っていた。「あの時代、現場の技術者は次々とリストラされました。業界そのものを見限ってビルメンテナンスとかタクシー運転手とか別の分野に行ったのもいましたが、運良く腕を買われて中国や韓国の企業に手を貸した技術者もいましたね」 柔和に笑う元技術者、70代は逃げ切りのように思われるかもしれないが、理系技術者に限れば、決してそうではなかったという。「1980年代まではよい製品を作ればいい、ただそれだけでした。でも技術屋なんて本来そんなものです。会社が権力争い、出世競争をしていても私たちは蚊帳の外で、むしろそれでいいと思ってました。技術畑で出世する人なんて少ないし、まして一般(家電)でしょう、上が変な投資をしたって、技術を切り売りしたって止めようもない」 詳細な経緯は本旨ではないため割愛するが、彼が工学の知識と経験で技術者として食ってきたことは確かだ。それは1990年を過ぎたあたりから怪しくなったという。「多くのメーカーに銀行が介入してくるようになりました。うちもそうです」 経営立て直しの名目で銀行から出向してきた連中はもちろん、よくわからない経営コンサルタントも送り込まれてきた。「銀行から来た連中はコストカットが目的、よい物を作らなければいけないのに、よい物を作るなと言ってくる。とにかく金をかけずに、よい物でなくてもいいから売れるものを作れと。また営業は消費者の声ではなく大手家電量販チェーンの声を聞くようになりました。お金を調達するために銀行の言いなり、作ったものを置いてもらうために家電量販店のいいなり、それでうまくいくならともかく、ジリ貧になりました。コンサルも高い金をとって引っ掻き回すだけ、いよいよというときにはちゃっかり逃げてました」 もちろんそれだけが原因ではないかもしれない。時代の変遷もあるだろうし、そもそも会社の経営ミスも重なっただろう、しかし彼は納得できないと語る。「元はと言えば出世した営業や事務方がよくわからない投資や多角経営を繰り返したあげくの経営難でしたから、それで最初に詰め腹を切らされるのが技術屋って、納得できるわけがありません。海外生産、資金調達も含めた合弁という名目で中国や韓国といった当時の途上国に技術提供もしました。私も実際、教えに行きましたよ」隙間家電が多かったサムスンもLGも今や世界企業 思えば日本企業は高度成長期以降、韓国や中国に技術を提供し続けた。冷戦下の1970年代、韓国のサムスン電子は五流企業で簡易な半導体すらまともに作れず、LSIは不良品ばかりだった。「日本を目指したんですよ、VLSIを日本に学び、日本を抜くってね」 そんなサムスンに1970年代から1980年代にかけてNECとシャープが協力したことは歴史上の事実である。世界の半導体メーカー上位10社中6社が日本企業だった時代もあったが、いまやサムスンは半導体メーカーとして世界一、コロナ禍にあっても2022年1~3月期の連結営業利益は世界的な半導体需要で前年同期比50%増となった。 また1990年代に入ると韓国だけでなく中国にも工業技術や生産システムを教えた。三洋電機はいち早く安寧省の合肥市と合弁事業を展開、その三洋は東芝とともに、当時は得意な製品が電機扇風機、というレベルでしかなかった中国の美的集団(ミデア)にも協力した。「個人的には不安でした。日本企業は1970年代から韓国に協力していましたが、1980年代には韓国もそれなりのものを作れるようになってました。たとえばゴールドスターの再生専用機とかテレビデオとか、なるほど値段なりとはいえよく作ってると思いましたよ」 ゴールドスターといっても若い人は知らないだろうが、現在のLG(LGエレクトロニクス)である。いまや世界に100以上の拠点を持つ多国籍企業だが、当時は「ラッキーゴールドスター(金星社)」という社名だった。LGはそのラッキーのLとゴールドスターのGである。いまはなき第一家電(2002年経営破綻)や新栄電機産業(2003年破産)といった家電量販店のはしりともいえるチェーン店でよく見かけたものだ。「メーカーを追い出されたり、独立して小さな工場を経営したりの技術者が中韓の仕事を請けてましたね。隙間家電(ジェネリック家電とも)が多かった。テレビデオとか1ドア冷蔵庫とか。それがいまやサムスンもLGも世界企業ですからね」 そんな1970年代から1990年代に現役技術者としてものづくりをしてきた彼にとって韓国はもちろん、とくに中国の躍進は感慨深いと話す。「あんなに繁栄するなんてね。私が中国に初めて仕事で行ったときなんて本当に貧しくて、みんなボロボロの自転車を漕いでましたよ。人民服はもちろん下着でウロウロしているお爺さんとか普通で、電機やガスすら通ってないような集落とかありました。着の身着のまま、畑で取れたものを食べるだけの家族とかね。それがコロナ前に旅行したら未来都市みたいになってるんですから、たった30年であんな風になるとは想像しませんでした」 深センなどまさにそれだろう。世界的なメガシティをいくつも抱えるまでになった中国、いまや日本の新幹線が中国の新幹線として走り、日本の造船は中国のコンテナ船となって世界を駆け巡る。それらは輸出もされている。家電にいたってはハイアール(海爾集団)が三洋電機を吸収して「アクア」ブランドとして世界最大の白物家電メーカーとなり(旧三洋電機の海外工場の一部はTCL集団が買収)、東芝の白物家電はマイディア(美的集団)、映像部門はハイセンス(海信集団)に、NECと富士通のパソコン部門はレノボ(聯想集団)、パイオニアはBPEA(中国の投資ファンド)にそれぞれ吸収、あるいは傘下となった。教えていたはずが、立場が逆転してしまった。「ハイアールなんて1980年代はいつ潰れてもおかしくない会社だった。共産主義しか知らない人たちでしたから、会社経営とか資本主義をよく知らないわけで、全部日本が教えたようなものです。それがいまや世界企業、中国も超大国ですからね」 たった30年で逆転した。国際的な信用はともかく政治力、経済力、国際競争力のすべてにおいて最強、世界経済は米中二大国によるパワーゲームとなった。「メイド・イン・ジャパンを放棄してはいけなかったんです」孫に工学部なんて私は勧められません「メイド・イン・ジャパンは誇りでした。それがコストに見合わないから手を抜けとなり、手を抜きたくないのに予算を削られて、目をつけられれば営業にまわされる。営業も立派な仕事ですが、技術者にやらせるべきことは他にもあるでしょう。海外生産は仕方ないにしても、メイド・イン・ジャパンの技術だけは守らなければならなかった。それなのに、目先の利益と老後の逃げ切りだけを考えた経営陣や事務屋に滅茶苦茶にされたのです」 こうした技術者の受難は1990年代以降、日本の「ものづくり」衰退と比例するかのように繰り返されてきた。「飛ばされた先の若い上司に『みなさんパソコンを学ぶように』って言われたときはさすがに苦笑しました。なにを偉そうに、俺たちはパソコンどころかマイコンそのものを一からはんだで作ってたぞ、って。まあ、リストラのための嫌がらせなのでしょうが」 もちろんパソコンが得意どころか黎明期から仕事道具でもあり趣味でもあった技術者ばかり、年齢だけでこうした判断をすることはエイジズムと呼ばれるが、これはおっしゃる通りの嫌がらせだろう。日本企業は失われた30年、まるで粛清のように「追い出し部屋」と呼ばれる部署に追いやったりもした。日本IBMやリコーなど名だたる企業がこの件で敗訴したが、研究者や技術者も無縁でなかった。ものづくりのプライドをズタズタにされた。それでうまくいったのなら構わないが、その場しのぎのリストラに過ぎなかった。多くのメーカーが中台韓の傘下、もしくは事業そのものの切り売りを続ける羽目となった。「孫は国立の医学部に行きました。工学部なんて勧められません。それでも工学やりたいのなら日本なんて早めに脱出したほうがいいですね。いや、医療以外の理系全般かな」 ものづくりの大先輩からこうした声を聞くのは悲しいが、現実であり実感なのだろう。ノーベル物理学賞の眞鍋淑郎博士に「I don’t want to go back to Japan(私は日本に戻りたくありません)」とまで言われてしまった日本。本稿はただ一人の技術者の話かもしれないが、現に日本の理系の現場が蔑ろにされ続けてきたことは事実。蔑ろといえば理研が600人の研究関係者を雇い止めにする、事実上のリストラをすることについてはどうか。「驚きません。日本はそういう国ですよ。私もそうでしたから」 メーカーがわかってしまうため詳しくは書けないが、研究所と企業の違いはあるにせよ、彼もそうした目に遭ってきた。「理研に入れるってすごいことですよ。私の大学の出身者にもいますが頭の作りが全然違う。研究主宰も(雇い止めの中に)いるのでしょう? その下の研究者も含めて海外に出るでしょうね、日本企業は年食った研究者や技術者、とくに基礎(科学・研究)は雇いませんから。日本が心配ですよ」 彼の部下にも海外に出てヒット製品を手掛けた技術者がいたという。その方にとっては生活のためだがリベンジマッチの意味もあったのかもしれない。それにしても、これが理研クラスの研究者で、時間は掛かるが世界を覆すような研究をしていた研究者だったら、と想像すると恐ろしい。「私の話は小さな話かもしれませんが、そういうことをするから他国に技術が流れるんですよ。そんなことを国や(日本の)企業が30年間繰り返した結果が、いまの日本です」 4月6日、日本の半導体を中心とした基幹インフラの供給、先端技術、機微技術を保護する経済安全保障推進法案が与野党賛成多数で可決された。この件に右も左も関係ないという点で危機感は感じられるが、案の定「事業者の事業活動における自主性を尊重」という横槍によるエクスキューズがついてしまった。「待遇が悪いのですから流出は止まりませんよ。ずっとそうなのですから。大手だって技術部門の待遇は酷いものです。事務方にすれば『好きなことやってるんだからいいだろ』って感覚です。それで逃げられて、裏切られたとか、何をいまさらですよ」 彼にすればまさしく「何をいまさら」なのだろう。「今だけ金だけ自分だけ」が跋扈して久しい日本、個々人はそれで構わないが、企業や研究機関、ましてや政府がそれでは衰退もやむなし、いまや日本の技術革新力は13位(WIPO・2021年)、科学技術指標によれば主要論文数は10位(文部科学省・2021年)、競争力ランキングに至っては31位(IMD・2021年)である。かつて世界の科学技術を牽引してきた日本が、GAFAMに代表されるような新世代をリードする先端・先進技術どころか旧世代の技術すら世界から取り残されようとしている。日本の宝である技術や研究を売り渡し、冷遇し続けた末路と言われても仕方がない。そもそも経済安全保障を謳いながら理研の600人を雇い止めにしようとしている。以前、拙筆『「理研600人リストラ」に中国人ITエンジニアは「不思議です」と繰り返した』でも書いたが、まったく意味不明である。「現役時代から意味不明でしたよ、経営陣はもちろん、営業や事務方が何をしたいのか私たち技術屋にはさっぱりわかりませんでした。理研の研究者も同じじゃないですかね。それでうまくいってるなら私たちが悪いのでしょうが、傾くばかりだったのですから。ほんと、何がしたかったんでしょうね」 韓非子の「千丈之堤以螻蟻之穴潰」(千丈の堤も螻蟻の穴に潰ゆ)ではないが、彼のような技術者はもちろん研究者、クリエイターといった個々の現場を軽視し続ける愚行、その積み重ねもまた「失われた30年」、日本衰退の一因である。資源大国でも食料輸出大国でもない日本が頭脳を冷遇し、放棄する。それも現在進行形である。本当に何をしたいのか、さっぱりわからない。【プロフィール】日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。
2022.04.11 16:00
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