ずさんな診療、安易な向精神薬の処方を行なう医師。多剤大量処方という日本の精神医療の悪弊。そして小児への向精神薬の投与。日本の精神医療はさまざまな問題を抱える。10月25日に衆議院の「青少年問題に関する特別委員会」でも向精神薬の問題が取り上げられ、大きな波紋を呼んでいる。ここでは、日本の精神医療界のトップたちと、製薬メーカーの“不適切な関係”についてメスを入れる。医療ジャーナリスト伊藤隼也氏が報告する。
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うつ病治療の第一人者とされる日本うつ病学会理事の野村総一郎氏は、「市民の人権擁護の会」が行なった情報公開請求によって明らかになったところによると、2008年4月から2009年9月までの約1年半の間に「謝金」「講演料」などの名目で製薬会社などから約72万円を受け取っている。金銭の授受に関して野村氏に取材を申し込んだが、本稿締め切りまでに回答はなかった。
さらに巨額の金銭を受け取っているのが、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター理事長の樋口輝彦氏だ。同氏は内閣府自殺対策推進会議の座長も務める、いわば日本の自殺対策のトップであり、うつ病の早期発見と早期治療を一貫して訴えている。
同じく前出の「市民の人権擁護の会」が行なった情報公開請求によって判明したのは、樋口氏が2010年5月から2011年6月末までのわずか1年あまりの間に製薬会社などから講演の謝礼や原稿の監修などの名目で合計370万円超の金額を受け取っていた事実だ。ちなみに昨年の樋口氏の理事長としての報酬は約1839万円にも達する。
確かに個々の謝礼は講演や監修そのものに対する謝礼として支払われている。しかし、責任ある立場であり、その発言や論文に影響力がある医師が、直接の利害関係がある製薬会社から多額の金銭を得ている事実は看過できない。李下に冠を正さず、である。
本誌の取材に樋口氏はこう答えた。
「当センターの役職員倫理規程に基づき承認されている医療関係者を主な対象にした学術的な内容の講演などであり、問題ないと考えています」
差し迫る問題を政治はどう考えるか。10月25日、衆議院の青少年問題に関する特別委員会で、小児への向精神薬の投与について問題視した、民主党の三宅雪子議員はこう言う。
「私自身は、政治家だった祖父から、直接の利害関係者とは距離を置くよう訓示を受けている。独立行政法人国立精神・神経医療研究センターの理事長であり、内閣府の自殺対策推進会議の座長という公の立場で、300万円を超える謝金を利害関係者である製薬会社から受け取るということは世間の常識とずれている。他の医師や学者の信頼性を損なう話で残念だ」
信頼性を回復するには医師と製薬会社の不適切な関係を断ち切ることが大前提となる。
ビーダーマン博士騒動などで揺れた米国では10年3月、すべての製薬会社と医療機器会社を対象に医師や病院に10ドル以上の支払いをした場合は、市民が閲覧できるデータベース上に公表することを課す「サンシャイン法」が成立し、2013年から施行される。日本でも同様の法律が求められる。
※SAPIO2011年12月7日号