高木道郎氏は1953年生まれ。フリーライターとして釣り雑誌や単行本などの出版に携わり、北海道から沖縄、海外まで釣行している。その高木氏が、「ビギナーズラック」について解説する。
* * *
釣りを始めて間もない人が分不相応な大物と遭遇し、釣り上げてしまう幸運を「ビギナーズラック」と呼ぶ。そんな事件が起こるのは、決まって周囲があまり釣れていない時である。
三浦半島西岸のとある堤防で事件は起きた。朝から真冬の冷たい風が海面を吹き渡り、水温が急低下したせいか、ハリに刺したオキアミはそのままの状態で戻ってくる。何をやっても反応がない。そんな憂鬱な堤防に、服装からすぐにビギナーとわかる釣り人がやってきた。
ウキは近場の堤防釣りにはあまりに大きすぎる浮力2号くらいの円錐ウキで、浮力に見合ったガン玉(球形オモリ)をいくつも等間隔に付けていた。しかも、4号か5号はありそうな大きなチヌバリに刺したのはサナギ。サナギはエサ取りが多い夏場のクロダイに使う定番エサだが、当日はエサ取りすらいない状況である。
暇をもてあました釣り人が見守る中、投げそこなった巨大ウキがボコッボコッと浮き沈みし、海中へ姿を消した。姿を現わしたのは50cmをはるかに超えるクロダイ。もちろん、その日最大&唯一の釣果である。
ベテランたち(私も含め)は冬場→低水温→低活性→深ダナ→小バリ&小エサ、というセオリー通りの釣りをしていたが、ビギナー氏は誰も狙わない岩だらけの浅いポイントへ巨大なウキを投げ入れた。
そこは水深のある砂底よりも水温が高かった。砂は熱しやすく冷めやすい。だから、温かい岩場を動こうとしないクロダイがビギナー氏のエサに飛びついた。大きなウキがたった1回のアタリを明確に伝え、大バリが確実に上アゴに突き刺さった。そういうことだろう。
どんなセオリーも釣れなければただの空論。釣りのセオリーなど知らないビギナー氏は、巧まずして、最善の攻めを展開していたというわけだ。
※週刊ポスト2012年5月4・11日号