【著者に訊け】松田洋子/著『ママゴト』1、2巻(エンターブレイン・683円)
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泣ける話も“イイ話”も、そんなベタなもの、書いてたまるか! と思っていた。
「書き手としては当然でしょう? 今度の話は泣けますとか、感動させますとか、恥ずかしすぎて死んでも言えない!(笑い)でも今回はちょっとだけ、書いてみてもいい気がしたんですね。例えばベタに可愛い、子供とか?」
正確には子供そのものというより「何かが愛しくて愛しくてたまらない人間の愛しさ」を描きたかったと、松田洋子氏(47)は言う。
このほど第2巻が刊行された『ママゴト』(全3巻予定)は、連載中から話題を呼ぶ知る人ぞ知る人気コミック。地方都市の寂れた横丁でスナックを営む〈映子〉は、あるとき古い商売仲間の〈滋子〉から5歳の息子〈タイジ〉を捨て子同然に預けられ、渋々ながら二人で暮らし始める。
20年前、生後間もない我が子を亡くして以来心を閉ざして生きる美人ママと、歌と食べることが大好きな天然パーマの肥満児。二人のおかしな同居生活は、真に美しいものは含羞の人にこそ書けると確信させるほど、奇蹟的に美しく、そして切ない。松田氏が語る。
「もう、勘弁して下さい。何が恥ずかしいって、含羞がありますね、なんて面と向かって言われるのが一番恥ずかしい!(笑い)もちろん誉められるのは嬉しいんですけどね。特にこの本は珍しく売れている方なんで、素直に嬉しい半面、書いている間も照れ臭くて。実は周囲にも内緒にしていたら、最近“親バレ”しちゃって、イイ歳して風俗勤めがバレた娘の気分です(笑い)」
とは随分な御謙遜。計3度も再刊された伝説の処女作『薫の秘話』等、その諧謔味溢れるギャグにはファンも多く、2003年『赤い文化住宅の初子』ではシリアス路線にも進出。特に貧乏や泥沼を書かせたら天下一品と、評価は高い。
「確かに泥臭さにかけては自信がありますね(笑い)。当初の発想としてはジョン・カサヴェテス監督の映画『グロリア』(1980年)をやろうと思ったんですよ。ジーナ・ローランズ演じるクールで子供嫌いな中年女がマフィアの手から男の子を守る羽目になり、NYを疾走しつつ母性に目覚める話。ただ芸風が都会的とは程遠い私の場合、舞台は地方の駅前の裏通りが限界で、主人公も商店街の叱られ好きなオヤジを転がせる程度にはエロい、備後弁の美人ママがせいぜいでした(笑い)」
風俗店時代に客の子供を産み、不注意から死なせてしまったアラフォー女性が、思わぬ形で母親役を務める、題して「ママゴト」。まずは散らかり放題の店の2階に〈ダンボールのベッド〉を拵え、部屋の隅で埃を被っていた炊飯器でご飯を炊き、茶碗代わりのワイングラスに盛った。そして〈いただきまーす〉〈ごちそうさま〉と言い合う、そんな日常の一々が、映子には〈はじめて〉で、愛おしかった。
「ダンボールを組み合わせて作ったタイジのベッドは、ハイジの干し草のベッド。何かとタイジの世話を焼く近所の南洋系少女〈アペンタエ〉は羊飼いのペーターを反転させたイメージで、実はキラキラした〈つぶら目〉で映子を見上げるタイジ自体が『アルプスの少女ハイジ』と『天才バカボン』を掛け合わせた“ハイジボン”みたいな反則気味なキャラなんです(笑い)。
子供のああいう目って、反則級に可愛いですからね。ただ私が思うに、それより何よりこの世で一番可愛いのは、誰かを心から可愛いと思い、何とかして守りたいと願う人のほうではないかと。そのモチーフとして使ったのが童謡『七つの子』で、私自身には育児経験はないけれど、山で待つ七つの子を思って鳴くカラスの愛しさはわかる気がして」
そして映子が初挑戦したカレーを焦がし、デパートの観覧車にも乗りそびれたある日、二人はこう約束したのだ。〈ずっと一緒におろうやぁ〉〈うん 一緒におる〉〈一番必要なんは一緒におることじゃけ〉……。
滋子を信じて〈ええこ〉で待つタイジの願いは映子が一番よくわかっていた。それでも滋子から実は婚約者ができて借金も彼の助けで自己破産できそうだと手紙が届き、別れの日が近づくにつれ、映子は思ってしまうのだ。
〈神様どうか、大事な人の願いが叶いませんように〉
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2012年8月10日号