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垣根涼介氏 愛嬌たっぷりな明智光秀描いた新作について語る

【著者に訊け】垣根涼介氏/『光秀の定理』/角川書店/1680円

 勝ち負けや結果だけなら、史実を繙けば自ずと知れる。が、その時、その人が何を考え、どんな〈理〉をもって事に臨んだのか、後世の者が思考回路を辿る手掛かりが、一つは小説だろう。

 垣根涼介著『光秀の定理』は、本能寺の変(1582年)を起こした逆賊としてばかり語られがちな知将・明智十兵衛光秀を、我々と同じく思考や感情や“友”を持つ人間として活写した、自身初の歴史小説だ。

 と言って事変そのものを直接的に描くことはしない。本書では事件から15年後、当時の光秀の心境を2人の友垣、〈愚息〉と〈新九郎〉が代弁する形を取り、出会うべくして出会った3人の邂逅(かいこう)から、物語は始まる。

 明智家再興を願う生真面目な秀才と、とかく正体の知れない無頼の僧・愚息、その愚息に〈凡じゃの〉とからかわれる純な素浪人・新九郎。3人の前には〈四つの椀〉と石ころが転がり、その勝ち目の出る確率と理が、もう1人の主役だ。垣根氏は語る。

「要するに、クイズです。例えばここに4つの椀があります。その1つに親は石を入れ、4つとも伏せた中のどれが当たりかを選ばせた上で、子が選ばなかった椀を順にあける。残る2つのうち、さてどちらに石が入っているでしょうと、再度客に選ばせる。この辻博打で愚息は生計を立て、結局そのカラクリを最後まで見抜けなかったのが、新九郎と光秀です。

 面白いことに人間って、クイズを見るとつい解かずにはいられないんですよ。ポイントは、最後に残った椀の一方に石が入っている確率を2つに1つで〈半々〉と考えるか否か。そして選択権を再度与えられた時に選ぶ椀を変えるか否かで、愚息がなぜイカサマ抜きに8割近い勝率を保てるのか、信長でさえムキになって知りたがる。

 歴史小説にもそうした仕掛けやフックがあっていいと僕は思うし、状況によって生き方を変えられない者は必ず滅びるというその理は、歴史にも通じるはずです」

 そもそもエンタメ小説の名手として人気を博す垣根氏が、作家生活13年にして歴史小説を書く動機とは?

「1つは僕自身、歴史小説が昔から好きだったんですね。特に司馬遼太郎さんは超リスペクトしてます。もう1つは、ある人間をいろんな角度から照射する書き方を僕は元々してきて、それに最も適したジャンルが歴史小説だと思うんです。

 小説というのは犯罪小説にしろ何にしろ、主人公その人に焦点を当てるというより関係性を書くことが多い。特にフィクションの場合は作家が勝手につくりだした人物がどんな人間だろうが、極端な話、読者には痛くも痒くもないでしょ?(笑い)。

 その点では『光秀の話』をとことん書いていいのが歴史小説。要するに僕の場合は人間を書きたいから歴史小説を書き、ネクラな逆賊と思われがちな光秀を、時に生き生きと、時に情けなく、要は愛嬌たっぷりに描いてみたかった」

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2013年9月20・27日号

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