【書評】『60歳からの外国語修行 メキシコに学ぶ』/青山南・著/岩波新書/820円+税
【書評】坪内祐三(評論家)
私はアメリカ文学者兼エッセイストである青山南の、もう四十年近い愛読者だ。そして私はメキシコが好きだ。海外旅行におっくうな私がメキシコには三度も訪れた。だから『本の雑誌』の連載「南の話」で青山氏がしばしばメキシコについて触れるようになった時、そうか青山さんもメキシコ好きだったのか、と思ったが、その内、メキシコへの近づき方が尋常でないことを知った。
五十代半ばで大学教授となった青山氏は六十一歳の時、一年間の研究休暇(サバティカル)をもらった。その長い休暇を使って海外に行くのが通例で青山氏の場合普通ならアメリカに行く。しかし青山氏はメキシコに向ったのだ。しかも何かを研究するわけでなく、初歩の初歩のスペイン語を学びにである。その全貌が本書によって明らかになった。
現代アメリカ文学を専門とする青山氏にとってスペイン語はマストな言葉だったのだ。アメリカの小説にスペイン語が何の注釈なしで登場する。だからスペイン語を学ばなければと思った青山氏は四月及び十月に開講するNHKラジオのスペイン語講座に何度か挑戦してみたものの、いつもひと月(いや二週間?)坊主に終わってしまった。だから“語学留学”を決心したのだ。まさに「60歳からの外国語修行」だ。
何か外国語を習得したいのだけどと思っている内にいつの間にか年を取り、もう無理、と思っている人にこそ読んでもらいたい。要するに外国語習得はモティベーションなのだ。それがない人には無理で、青山氏にはあったのだ。
能力別で一番下のクラスに入れられ、なかなか上達しない青山氏も少しずつスペイン語を学習し、教師や級友、家主である老姉妹とコミュニケーションが取られてくる。それから七年、今の青山氏のスペイン語のレベルは?
※週刊ポスト2017年11月24日号