臨死体験は世界中で報告されているが、各国ごとの社会や文化によって影響を受けるといわれている。日本人に多い花畑を見る現象には仏教の思想が根底にあるという。日本大学経済学部特任教授で哲学者の伊佐敷隆弘さんが解説する。
「日本人が花畑を見るのは、仏教における極楽浄土のイメージが影響していると考えられます。極楽浄土の池にはさまざまな色のハスの花が咲いていて、そこに来た死者はまずハスの花のつぼみの中に生まれ変わります。極楽浄土の概念は、10世紀に書かれた『往生要集』に記され、数多くの極楽絵図が描かれてきました」
一方、花畑が日本特有の臨死体験であるのに対して、「三途の川」は世界共通だという。
「三途の川は元来、中国の仏教で生まれた概念とされていて、日本では9世紀に書かれた『日本霊異記』に初めて登場します。このような“この世とあの世の境界線”という考え自体は世界中にあり、ギリシア神話でも冥界に入る際に死者たちは『アケロン川』を渡るとされています」(伊佐敷さん)
そうした体験をしているとき、脳内ではどんなことが起きているのかについても解明が進んでいる。
「臨死体験はオカルトではなく、客観的な基準を用いて科学的に研究が進められています。最も有名な基準は『臨死体験スケール』。臨死体験の有無を調べる16の項目があり、7つ以上当てはまると科学的に臨死体験だと判断されます。
例えば『自分の思考速度が速くなることを感じた』『過去の光景を目撃する』などの項目は走馬灯と同じ現象です。『自分の意識が身体から離れるのを感じた』という項目は、体外離脱に該当します。
ある研究では、心肺停止後に心臓マッサージを受けた人のうち20%、慢性腎不全で透析を受けている人のうち6%に臨死体験があることが明らかになっています」(駒ヶ嶺さん・以下同)
体外離脱に関しては、脳の一部が関係していることも科学的に証明されている。
「2002年、科学界で最も権威のある『ネイチャー』誌に、脳の一部を刺激すると体外離脱体験が生じることが発表されました。てんかん手術の際、側頭頭頂接合部という部位を刺激したところ、体外離脱体験が誘発され、再現性もあることがわかったのです。別の研究チームからも、同じ部分を電気刺激すると体外離脱が起きるという論文が複数発表され、体外離脱体験は単なる思い込みではないことが証明されています」
また、欧米では死の直前に光に包まれて幸福感を感じる現象と、脳の中枢神経系との相関関係を指摘する研究も存在する。
「瀕死の状態になると、脳の中枢神経系である『NMDA受容体』の働きが抑制されるのではないかと考える研究者もいます。
仮説ですが、NMDA受容体の働きがブロックされることで幸福感を覚え、生死のぎりぎりのところから、生還するための力が発揮されると考えられています」
※女性セブン2023年4月20日号