例えば実際に逮捕された女性は、なぜ否認ではなく沈黙を選んだのか──。
「その黙秘権の行使にどんな意味があったのか、私は純粋に興味を引かれたんです。もう一つ、時間の問題があります。本書でいう篠山君が1984年に失踪し、響子が逮捕されるのが1998年。無罪確定が2002年で、その間、少年の失踪に関与し、命を奪っただろう何者かは、罪悪感を抱えて生きていたのかどうかと。
おそらく私は世間的には、いつも残虐で恐い話ばかり書いている不道徳な作家に映るだろうとは思います(笑)。でも自分ではいつも倫理的なテーマを書いているつもりで、結論から言えば、犯人に罪の意識はあったと思っているんです」
カポーティ『冷血』が問いかけるもの
ここで概要を整理しよう。福岡・警固に勤務医の父と母、兄と姉の5人で暮らす照幸が、冬休み中に何者かに電話で呼び出され、薬院六つ角交差点を右折したところまでは、母に追跡を命じられた兄が確認済。その先に2階建てアパート〈三幸荘〉や田中姓の家もあり、後に母親はこの田中家に次男の行方を警察官同伴で尋ねるのだが、それもそのはず。実は三幸荘の住人が少年に田中家の場所を訊かれたと証言しており、それが響子だったのだ。
が、照幸が自室の前まで上がってきたという響子と、彼が階段を上らずに〈ヒカリコーポ警固の方に歩いて行った〉という近所の少年達の証言は微妙に食い違い、〈同時にそれは照幸らしい子供が訪ねてきたという響子の証言の信憑性を否定し、別の角度から響子に疑惑の光を当てることになる〉。
「そんな子供は知らないと言うならまだしもね。それにもし関係ないならなんでそんなことを言ったのか、本当に分からないことだらけなんです」
他にもクラブの常連に〈大きな段ボール〉の運搬を頼んだことや、ほどなく娘を連れて転居した響子の行く先々で〈異臭がした〉との証言。その後は浜松の名家の息子と再婚し、2億近い保険金の名義を書き換えた矢先、その夫は火事で死亡。焼け残った納屋から子供のものらしき人骨が発見されるが、全ては状況証拠に過ぎないのである。
執筆に際しては、自身も文学史上で五指に入るほど好きだという、カポーティ『冷血』が念頭にあった。