視点の在り処に意識的な佐藤作品では、〈「この世界の不思議」として語るしかない現象〉も描かれてきた。
本作でも小3の時に宇宙船をマルセイと見たマルユウは、その10年後に佐渡君も含めて当時の担当記者と現地を訪れて事故に遭った経緯を朧げにしか思い出せないが、そもそも曖昧で人によっても違う記憶と記憶との隙間に、何が滑り込んでもおかしくない気はする。
「『月の満ち欠け』の生まれ変わりの話も別に僕自身が信じてるわけじゃないし、UFOの話もこの小説には使えると思って書いただけ。人の記憶なんて信用ならないのは承知の上で、実際に人から聞いた話なんかをいろいろ組み合わせて、なんでそんな現象が起き、なぜその人は死んだのか、わからないことも含めてわかるようには書いてある。それをそのまま読んでくれればいいと思うんです。
僕はネタバレも気にしないし、自分が読む時もむしろその要素がどう書かれているかに興味を持つタイプ。仮にネタバレしてもそれでつまらなくなる小説じゃないっていう、自信はあります」
捻りや工夫は1行書くにも絶対必要
かつて東京のマルユウに宛てて真秀が手紙に託した思いや、その真秀の妊娠をめぐる心ない噂。そもそもなぜマルセイは音楽の夢を突然諦め、マルユウも野球をやめてしまったのかなど、あの事故を境に行き違ってしまった多くの人の運命を書くことで見届けた湊先生もまた妻に突然先立たれ、誰もが孤独で悲しかった。
〈大事なのは、小さくて平凡な話をすること。何年も何十年も、倦まずに小さな話を続けること〉〈そういう話ができなくなるのよ、先に夫に死なれると〉。そう杉森先生はマルユウに言う。
そんな2人のやり取りを受け、湊先生は自身が遭遇したある奇跡に関して思う。〈その常識では説明のつかない出来事から、虚しくても生きていろ、無意味でもいましていることを続けろというメッセージを受け取ったのだと信じられた〉と。
「小さなことを倦まずに続ける、それが僕にとっては小説を書き続けること。だからここの台詞には一番グッと来た覚えがある(笑)。『鳩の撃退法』の主人公の作家が言うように、何をどんな順に書き、何を書くべきで何を書かないかとか、1行書くにも捻りや工夫は絶対必要で、人とは違う小説をいかに書くかというモチベーションがないと、自分がやっていけないんです」
日々工夫を重ね、「それが大事というより得意技」と笑う佐藤氏は、思うようになった人生もならなかった人生もあるがまま書き留めてくれる、小説家なのだ。
【プロフィール】
佐藤正午(さとう・しょうご)/1955年長崎県佐世保市生まれ。北海道大学文学部中退。1983年に『永遠の1/2』で第7回すばる文学賞を受賞し、翌年デビュー。2015年『鳩の撃退法』で第6回山田風太郎賞、2017年『月の満ち欠け』で第157回直木賞を受賞。著書は他に『彼女について知ることのすべて』『Y』『ジャンプ』『5』『身の上話』等。また『ありのすさび』『side B』『書くインタビュー』などエッセイも人気。映像化作品も多数。身長は「確か175~180の間くらい」、60kg、AB型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2024年2月23日号