樋田容疑者は「日本一周中」と書かれた紙を堂々と自転車に貼り、途中からは香川県内の道の駅で声をかけた男性と同行していた。四国全県では、お遍路のような姿で旅していたというから、彼を不信に思う人はいなかったのだろう。さらに、樋田容疑者は自転車だけでなく、バイクも盗んだという情報もあった。金を持っていなくても、逃げるなら自転車よりバイクだろう。そうしたステレオタイプのイメージが、警察や世間に出来上がっていたと思う。そのため、そのイメージの範疇から大きく外れる外見と行動を取っていた樋田容疑者に、誰も疑いの目を向けなかったのだ。
そして、もう1つ考えられるのは、「正常性バイアス」の影響だ。これは危険や災害を過小評価し、楽観的に考えて、自分は大丈夫と思ってしまう認知的な偏りのことである。例えば、異常気象で避難を呼びかけても、自分だけは大丈夫と思って逃げ遅れてしまうのはこのバイアスによるものだ。この事件では、犯人が逃げたのは大阪府富田林市。その周辺ならいざ知らず、連日メディアが報じる情報からしても、四国や山口にまで逃走犯が来るわけがないだろう。樋田容疑者に出会った人々にとって、彼の逃走は自分とは関係のない事件に思えていたのではないだろうか。
そういう私も、これらの認知的な偏り持ったまま、この事件を見ていた1人。裏をかかれた。