世界経済フォーラムが発表した『ジェンダー・ギャップ指数2020』で日本は153か国中121位だった。世界的に見て、日本はまだ“男女格差が大きい国”であることがうかがえる。
実際に、日本では「男性ばかりの世界」というものも少なくない。たとえば“職人”と呼ばれるような職業では、男性が多いことがほとんどだ。就業者が多い建設業では女性の職人は4.5%、小学生女子の「なりたい職業」の上位であるパティシエも男性が多い。
しかし、そんな“男性ばかり”の職人の世界で、活躍する女性もいる。明治16年に創業した窯元「田村七宝工芸」の長女・田村有紀さん(34才)は、ライブシンガーやモデル、イベント制作やデザイン、経営事務の経歴を持つ異色の職人だ。
「武蔵野美術大学在学中から年間200本のライブをしてCDをリリース。建築学科で学び、七宝制作もしながら卒業後はさらにさまざまな仕事をしました。その後、自分が最も得意で人に喜んでもらえるのは実家の七宝焼だと思って、28才のときに本格的に制作を始めました」(田村さん・以下同)
七宝焼は金・銀・銅などの金属に金や銀で絵柄を描き、クリスタルガラスを焼き付け、彩りを加える愛知県・七宝町発祥の日本の伝統工芸だ。
時代の流れによって、約200軒あった窯元は8軒になったが、美しい芸術品を後世に残したいと願う。
「七宝焼は頭で思い描いたものがそのまま形になる工芸で、『計算美の工芸』。焼き物はよくドラマで『こんなの失敗だ!』とガチャーンと割るシーンがありますが、あれは焼いて初めて結果が出る『偶然美』の工芸であり、陶芸によくみられる特徴で、七宝焼とは素材や歴史も根本的に違うものです。計算美だからこそ七宝焼は最初のデザインセンスがすごく重要で、作家性の出る工芸といわれます」
異色の経歴もあり、“美人窯元”としてメディアで取り上げられることも多いが、本人はいたって冷静だ。
「女性職人で年齢も若めなので取り上げてもらえますが、私は女性を売りにしたいわけではないため、ありがたくもちょっと複雑な心境です。『職人で失敗しても、結婚すればいいから気楽よね』と言われ、悪意はないとはいえ、悲しくなることもあります」
田村さんの行動の原点となっているのは、同じ工芸家である母の美由紀さんだ。
「私が幅広く活動できるのは『何でもやってごらん』という母の後押しがあるから。母のデザインはすごくカッコいいけれど、生き方は父に寄り添うクラシックなもの。たぶん母の時代は、同じ工芸家でも女性が前に出ると小言を言われ、三歩下がることを求められた。だけどこれからは、性別よりもまず人間として助け合い、補い合う気持ちを持って、下がりたい女性は下がって、前に出たい女性は出ればいいと思う。固定観念に縛られず、自由に柔軟な発想で、作品だけでなくみんなが生きやすい環境も作っていきたいですね」
資質や実績があっても女性は一定の職位以上には昇進できないことを意味する“ガラスの天井”という言葉が定着して久しい。自らの手と鍛錬して身につけた技術を使い、少しずつ、しかし着実にそれを割ってきた女性職人の後ろには、深く濃くその足跡が残され続けるだろう。
※女性セブン2021年3月18日号