【書評】『戦国武将、虚像と実像』/呉座勇一・著/角川新書/1034円
【評者】平山周吉(雑文家)
戦国武将のビッグネーム七人(光秀、道三、信長、秀吉、三成、信繁、家康)が近世、戦前、戦後とどう変遷して描かれてきたかに焦点をあてて書かれている。大河ドラマや歴史・時代小説ファンにはたまらない贈り物だ。
時代時代によって人物像がどう読み換えられてきたか。各種史料にきちっと目配りするだけでなく、人気となった芝居や小説、影響を与えた史論や史書をも網羅して、人物像の変遷、有名エピソードの真贋などもチェックしている。
七人全員面白いのだが、最もドラマティックなのは、山あり谷ありの信長の評価である。今なら一番人気の信長も、徳川の治世では儒教思想の物差しで測られてしまう。小瀬甫庵、林羅山、新井白石などは「徳がない」「天性残忍」と非難した。
信長絶賛の嚆矢は『日本外史』だった。頼山陽は尊皇思想の観点から、信長の「全国統一事業は天皇のためだった」と解釈する。平田篤胤も「天下に皇室の尊きを知らしめ給へり」と持ち上げた。
それでも明治時代になってもパッとしない。言論雑誌「日本及日本人」の「余の好める史的人物」アンケートでは、トップの秀吉が二十票獲得なのに、信長はたったの一票。「冒険世界」誌の「全世界英雄番付」アンケートでは、東洋の横綱が秀吉で、以下、ジンギスカン、家康、西郷隆盛、北条時宗、秦の始皇帝、諸葛亮孔明、源頼朝、伊達政宗と続き、信長は前頭六枚目(十位)でしかなかった。
信長が大英雄に躍り出るきっかけは徳富蘇峰の『近世日本国民史』だった。大正時代から新聞連載が始まった蘇峰の史論はふんだんに史料を用い、多くの歴史小説にアイディアを提供している名著である。蘇峰は「明治維新の精神」の淵源を信長にもとめた。信長を「無意識の帝国主義実行者」として褒め上げる。坂口安吾の「合理主義者」信長像が出るのは、戦争に負けてからだった。
時代の「歴史認識」と「言論空間」が人物像も変えていく。数多の実例が本書には詰まっている。
※週刊ポスト2022年8月5・12日号