NHK紅白歌合戦への出場を最後に休養にはいる歌手の氷川きよし(45才)。「股旅演歌」などを歌い、舞台では時代劇の数々の名キャラクターを演じてきた。そんな“時代劇スター”としての一面をコラムニストで時代劇研究家のペリー荻野さんが綴る。
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年内いっぱいで歌手活動を休養し、充電期間に入ると宣言している氷川きよし。休養前のラストステージとなる「紅白歌合戦」では、「氷川きよし~新たなるステージへ~」と題した特別企画として登場。その楽曲が『限界突破×サバイバー』と発表され、改めてこの曲への強い思いが感じられる。
「アーティスト氷川きよし」の演歌、歌謡曲などジャンルを超えた活動、多くの受賞歴などは広く知られるところだが、私としては「時代劇的にありがとう!」と言いたい気持ちでいっぱいだ。氷川きよしは、長く時代劇で愛されてきた人物やその世界を、21世紀に引き継いでくれていたのである。
そもそも2000年のデビュー曲が、股旅演歌『箱根八里の半次郎』。すい星のごとく現れた演歌界のプリンス、歌謡界の新星と大いに騒がれたが、おそらく多くの人がここで久しぶりに、または生まれて初めて「股旅」という言葉を聞いたと思う。
時代劇の世界では、気骨のある渡世人が旅をしながら、人助けをしたり戦ったりする「股旅もの」は、戦前から70年代までコンスタントに製作されてきた。『沓掛時次郎』の時次郎、『一本刀土俵入り』の駒形茂兵衛など、名キャラクターを勝新太郎など多くの名優が演じてきたのだった。氷川は歌の世界でデビュー曲と第二弾の『大井追っかけ音次郎』とともに久々に、股旅ものの空気を感じさせてくれたのだった。
その後、氷川は2003年、中日劇場・新宿コマ劇場。新歌舞伎座の『第一部 草笛の音次郎 第二部 氷川きよしコンサート』で初座長公演を行う。芝居の原作は直木賞作家・山本一力。元呉服屋の手代だった音次郎が旅人となり、さまざまな経験をする物語だ。
2005年の公演では、名親分、清水次郎長の子分で少々おっちよこちょいの森の石松を愛嬌たっぷりに演じた。このときの演出は、昭和期に多くの美空ひばり映画・舞台を担当した沢島忠。氷川は明るく楽しくスターが輝く時代劇の基礎を、名匠から学んだ最後のスターともいえる。