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【書評】日本の三権分立は機能しているか 司法の独立を目指す制度を巡る群像の歴史

『田中耕太郎 ─闘う司法の確立者、世界法の探究者』/著・牧原出

『田中耕太郎 ─闘う司法の確立者、世界法の探究者』/著・牧原出

【書評】『田中耕太郎 ─闘う司法の確立者、世界法の探究者』/牧原出・著/中公新書/1034円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 消えない疑問のひとつに、日本の三権分立は健全に機能しているのか、というのがある。「日本のように組織の独立性が脆弱な状況の下で、政治を『ガヴァナンス』と捉えると、かえって独立性の弱さを隠蔽してしまう」と考える著者は、第二代最高裁長官であった田中耕太郎を「格好の素材」として、「独立を目指す制度をめぐる群像の歴史」をたどった。

 東京帝国大学で商法学の講座を受け持ったのが、田中の研究者としてのスタートだった。手形法、会社法、商行為法など別個の私法を、現実に即して体系化し、国際基準にかなう商法の基盤をととのえたのだ。とりわけ熱をおびたのが、格下とみられていた商法を、民法から「独立」させる試みであった。この「独立性確保の振る舞い」が田中耕太郎の一貫性であり、弱点ともなる。

 戦前は法学部教授として軍部から大学の自治を守り、戦後は新憲法のもと文部大臣として教育基本法を制定。貴族院・参議院議員から、歴代最長10年にわたって最高裁長官をつとめ、定年後は国際司法裁判所の裁判官となる。田中がみた日本の教育、立法、司法の歴史は、軍国主義から敗戦、そしてGHQの占領から冷戦という、介入と抵抗の時代であった。

 ここで彼の「頑なさ」が、司法の独立のありようを硬直させ、「司法行政」という、裁判官への行き過ぎた内部統制を生んだ。

 1949年に福島でおきた列車転覆事件「松川事件」で、共産党色の強い国鉄と東芝労組を中心に20名が逮捕、起訴された。5人の死刑をふくむ一審判決に不信をいだいた作家の広津和郎は、あえて判決文と法廷での証拠資料のみに足場をおき、最高裁に上告中の松川裁判の矛盾ぶりを明瞭にした。こうして国民の関心が裁判にむかうや、素人のいう「世間の雑音」に耳を傾けるな、と長官の立場から裁判官たちに訓示したのである。

 国民の声を権威で押し切ろうとしたその体質はいまに受け継がれている。独立を保障するのは、強権ではなく信頼であるはずなのだ。

※週刊ポスト2023年1月27日号

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