国内

出撃直前の戦艦大和 3000人で無礼講の飲み会が開かれていた

 ノンフィクション作家・門田隆将氏が100人を超える生還した兵士たちを全国に訪ね、取材した『太平洋戦争最後の証言』(小学館刊)。三部作の完結編となるのが「大和沈没編」である。門田氏は、大和の“出撃前夜”について、こう綴っている(文中敬称略)。

 * * *
 米軍が沖縄本島に上陸を開始したのは、昭和二十年四月一日である。大和ら第二艦隊に沖縄への水上特攻が命じられたのは、四日後の四月五日だ。
 
 左舷高角砲を指揮した渡辺英昌大尉(90)は、その命令が有賀幸作艦長から士官たちに伝えられた時のことを記憶している。
 
「大和の広い艦長室に士官が集められました。前に有賀艦長と能村(次郎)副長の二人がこちらを向いて立っておられました。艦長は、“大きな意味で悠久の大義に殉じることが決まった。今回の作戦は水上特攻である。われわれの目的は、沖縄の敵泊地に突入し、敵輸送船団を撃滅することだ。うまくいけば艦そのものを沖縄にのしあげて、砲台となって上陸した敵に砲撃を加える”と仰いました」
 
 それは、その場にいた士官たちの背筋に電流が走るほど迫力のある命令だった。
 
 その夜は、出撃を前にして無礼講の飲み会が艦内でおこなわれた。死出の旅路の「壮行会」である。
 
 それぞれの部署で人生最後の宴会が開かれた。
 
「酒保を開け!」
 
 三千人を超える空前の規模の飲み会が、能村副長のそのひと言で始まった。
 
 三番高角砲の射手、亀山利一(89)は、開戦時の南方侵攻作戦から戦い続けるベテランだ。
 
「あの時は、最初、分隊ごとに湯飲みを持って部屋に集まってな。廊下まであふれて並んだねえ。まず一合ずつもらって始めたな。それぞれ軍歌を歌ったりなんかしてな。おい、明日は靖国神社で会おうと言ってな。もちろん、一合じゃ足らん。分隊長が“どうせ沈めてまうのやで、俺の名前で持ってこいっ”て、一升瓶でどんどんもらってきた。飲む人は飲んで、歌って、それで、ああ明日、俺らは靖国神社で会うぞって、ひと晩、すまえた(過ごした)のや」
 
 三千人の無礼講の飲み会を終え、大和がいよいよ沖縄へ向かって出撃したのは、翌六日午後四時過ぎである。
 
「前甲板に集合!」
 
 乗組員に号令がかかったのは、出航直後、夕日が沈みかかった頃だった。
 
 運用科の八代理(87)はこの時、甲板に集合した。
 
「出航した時、大和はできるだけ陸のほうを通りました。夕日にかかる頃、全員、前甲板へという号令がかかって、みんな、ばあーっと行ったんですわ。甲板の一番主砲の砲塔の上に能村副長が立ってね。ちょうどその時、風が吹いたんです。
 
 そしたら、陸地から結構離れとるのに桜がばあーっと大和まで飛んできたんですよ。それ見て、ああこの桜、日本ともこれでお別れだ、と思ってね。ひとひらを拾って胸のポケットに入れました。海岸線では、万歳、万歳ゆうて住民が手を振ってくれていました」
 
 何気ない風景がそれぞれの脳裡に刻まれていった。

※週刊ポスト2012年5月4・11日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

米倉涼子(時事通信フォト)
「何か大変なことが起きているのでは…」米倉涼子、違約金の可能性を承知で自らアンバサダー就任のキャンセルを申し出か…関係者に広がる不安がる声
NEWSポストセブン
大阪・関西万博を視察された天皇皇后両陛下(2025年10月6日、撮影/JMPA)
《2回目の万博で魅せた》皇后雅子さまの気品を感じさせるロイヤルブルーコーデ ホワイトと組み合わせて重厚感を軽減
群馬県前橋市の小川晶市長(共同通信社)
「ドデカいタケノコを満面の笑顔で抱えて」「両手に立派な赤ダイコン」前橋・小川晶市長の農産物への“並々ならぬ愛”《父親が農民運動のリーダー》
NEWSポストセブン
萩生田光一元政調会長が幹事長代行へ起用(時事通信フォト)
《SNSで非難轟々》“裏金議員”萩生田光一氏が党執行部入りの背景 永田町関係者が明かす“総裁選での暗闘”と「香水がとてもいい香り」の珍評価
NEWSポストセブン
巨人の阿部慎之助監督(左)とDeNAの三浦大輔監督
セ2位DeNA・三浦監督は勇退で3位巨人・阿部監督は続投でいいのか? 御意見番・広岡達朗氏は「三浦は偉い」「阿部は三浦が辞めた意味すらわかっていないんじゃないか」
週刊ポスト
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(共同通信)
《やる気スイッチ講師がわいせつ再逮捕》元同僚が証言、石田親一容疑者が10年前から見せていた“事件の兆候”「お気に入りの女子生徒と連絡先を交換」「担当は女子ばかり」
NEWSポストセブン
“ATSUSHIものまね芸人”として活動するRYO
【渦中のRYOを直撃】「売名じゃない」橋幸夫さん通夜参列で炎上の“ATSUSHIものまね芸人”が明かした「反省」と「今後」…「100:0で僕が悪者になっている」との弁も
NEWSポストセブン
滋賀県を訪問された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月7日、撮影/JMPA)
《再販後完売》佳子さま、ブラジルで着用された5万9400円ワンピをお召しに エレガントな絵柄に優しいカラーで”交流”にぴったりな一着
NEWSポストセブン
真美子さんと大谷が“即帰宅”した理由とは
《ベイビーを連れて観戦》「同僚も驚く即帰宅」真美子さんが奥様会の“お祝い写真”に映らなかった理由…大谷翔平が見計らう“愛娘お披露目のタイミング”
NEWSポストセブン
子宮体がんだったことを明かしたタレントの山瀬まみ
《山瀬まみが7ヶ月間のリハビリ生活》休養前に目撃した“スタッフに荷物を手伝われるホッソリ姿”…がん手術後に脳梗塞発症でICUに
NEWSポストセブン
歴史ある慶應ボート部が無期限で活動休止になったことがわかった(右・Instagramより)
《慶應体育会ボート部が無期限活動休止に》部員に浮上した性行為盗撮疑惑、ヘッドフォン盗難、居酒屋で泥酔大暴れも… ボート部関係者は「風紀は乱れに乱れていた」と証言
NEWSポストセブン
京都を訪問された天皇皇后両陛下(2025年10月4日、撮影/JMPA)
《一枚で雰囲気がガラリ》「目を奪われる」皇后雅子さまの花柄スカーフが話題に 植物園にぴったりの装い
NEWSポストセブン