そしてそうした成り行きを、われわれ一般は、別段、おかしいとも思わずに眺めている。逆に「こんなに騒がれているのに、ドラッグやって車運転とかバカだよね」と嗤っている。
たしかにこの騒ぎの中でラリって事故をおこしている連中はバカだ。バカどもをあの手この手で捕まえ、ドラッグ店の立ち入りもどんどん行い、生産工場を突き止め次第つぶしにかかることは、多少権力の暴走気味なところがあったとしても、現在の国民感情に背くものではない。なんたって、モノによっては覚せい剤を超える毒性がある「危険ドラッグ」なのだから、それは国を挙げて撲滅して当然だ、という空気が濃厚だ。
しかし、である。この拙稿を書くにあたって小調べをしていくうちに、意外なデータが目にとまったことは明記しておきたい。
2013年10月に厚生労働省が国立精神・神経医療センターに委託して実施した「飲酒・喫煙・くすりの使用についてのアンケート調査」では、「危険ドラッグ」の生涯経験率は0.4%と算出されている。ここでいう「生涯経験率」とは、全国の15歳から64歳のうち、これまで生きてきてその薬物を使ったことのある人の比率だ。調査では、有効回答数2948人中、「危険ドラッグ」を1回でも使用したことがあったのは12人だった。
これは正直、「思ったよりずっと少ない」という印象を私は抱いたのだが、いかがだろうか。ニュースで伝えられる世の中は、「危険ドラッグ」まみれのヤバい世界に映るのだけれども、現実社会はそこまでひどくなく、まだまだごく少数の人々の問題といえるのではないだろうか。
ちなみに同調査によれば、他の違法薬物の生涯経験率は、有機溶剤(シンナーなど)が1.9%、大麻1.1%、覚せい剤0.5%、MDA0.3%などである。また、「脱法ドラッグ」乱用経験者の75%の者には大麻の乱用経験もあり、50%の者には有機溶剤乱用経験、33.3%の者には覚せい剤の乱用経験が認められた、とある。つまり、他のドラッグで薬物依存症になっている人々が、新たに出回り始めた「危険ドラッグ」にも手を出したケースが多いわけだ。
こうした薬物依存症者の場合、逮捕して痛い目に合わせるだけでは、シャバに出てきてまた何らかの薬物に手を出してしまうだろう。「危険ドラッグ」撲滅を本当に目指すなら、規制や罰則の強化と並行して、薬物依存症者を医療や福祉で立ち直らせる体制づくりも欠かせない。
そして、「危険ドラッグ」のニュースで大騒ぎとなっているこの夏からでも、次のような薬物依存症者向けの常識や情報を、各種メディアは流したらいいと思うのだ。
例えば、違法薬物に手を出していることを知っても、医療従事者には警察への通報の義務はないから薬物依存症者は安心して病院にいくべきである。ただし、ふつうの心療内科や精神科では薬物依存症者を嫌がるところも少なくないので、初診は薬物依存症専門外来のある病院に行ったほうがいい。あるいは、DARCをはじめとした薬物依存症者の自助グループが各地にあるから、そこで相談してみるのもいい……などなど。
「危険ドラッグ」に手を出すごく少数のバカでも排除せず、しょうがねぇなと包みこんでやり直させる社会のほうが私はしっくりくる。キレイ事でそう言うのではなく、そうしないと薬物問題は根本解決へ向かわず、ドラッグによる犯罪や事故は減らないからである。