本が売れると、出会いも多くなる。
「『成りあがり』を読んで、地方から上京して勝負することに決めた漫画家さんがいると、何人もの漫画編集者さんから聞きましたよ」(島本さん)
私が取材したとある憲法学者も、抑圧された中学生時代に書店で「日本国憲法」を手に取り、解放された気持ちになった、それが憲法に興味を持つきっかけになつたと語っていた。
最後に私の嬉しい重版話をひとつ。私の本ではない。
今年、一通の年賀状を受け取った。そこには「私の本が10年ぶりに重版されました。こんなことってあるんですね。驚きました」と書かれていた。
その本は「たったひとつのたからもの 息子・秋雪との六年」(文藝春秋社刊)。著者の加藤浩美さんが、ダウン症で6歳で失った息子秋雪君と過ごした時間を写真と文章で綴ったものだ。この物語は生命保険会社のCMで流れ、それをたまたま見ていた私が加藤さんご夫婦や関係者を取材し、週刊誌に書いた。その記事は週刊誌発売日に私が見ている限り全てのワイドショーで取り上げられ、話題になり、2003年に書籍として刊行された。書籍製作には私は関係していないが、この職業をやっていて良かったと思える仕事のひとつで、加藤浩美さんとは毎年年賀状のやりとりをしている。
それにしても単行本が10年ぶりに重版とは非常に珍しい。普通ならそれだけ長い間重版しないと、逆に絶版(一度出版した本の販売をやめること)になっていてもおかしくない。担当編集者の文庫・新書局の藤田淑子さんに聞いた。
「この本は弊社のロングセラー本の指定になっているんです。10年前の在庫がちょうど無くなったので、2015年に20回目の重版をいたしました。累計で43万部になります」
それだけ、少しずつでも本が売れていたということなのだ。
「そうですね、今でも毎年のように中学校の先生のような方から『この本を命の大切さを教える授業で使いたいから、写真を教材用に利用しても構わないか』という問い合わせをいただきます。もちろんすべて利用していただいています。これだけ長く読まれる本というのは、私も単行本編集者を25年ぐらいやっていますけれど、2冊しか経験がありません」
重版は電子書籍にない紙の本だけに存在する制度で、将来はなくなってしまうかもしれない。だが重版があるからこそ、編集者と作者と営業、宣伝に関わった人たちが手を取り合って喜び合い、鬱屈した中学生が本屋で手に取り、学校で命の大切さを教える教材にもなったのだ。ちょっと熱くて、ちょっとセンチメンタルで、素敵な文化だと思う。