一家のチワワをめぐる一部始終が繰り広げられていたその間も、店には多くのカップルや親子連れが訪れた。それにしても気になったのは欠点ばかりを言う人が多いこと、「この子病気あるんだね」「この顔じゃ売れないね」「もう1歳じゃん、こんな大きいのいらない」と、好きを語るより嫌いを語る。この地域、ちょっとやんちゃな土地柄もあるのかもしれないが、好きを語らず嫌いを語り、欠点を探すために近寄ってくる。ネットもリアルも、こういう手合いがコロナ禍でより鮮明になったのかもしれない。
クリスマスの飾りの中、犬も猫も小さなショーケースの中で懸命に命をつないでいる。ガラスごしにくっつくマンチカンとアメリカンショートヘア、互いのぬくもりも感じられないだろうにくっつくのは、透けた壁ごしに仲間と認識しているのだろう。マンチカンはまだ4ヶ月ほどだがアメショーは8ヶ月、大きなアメショーは店の後輩のマンチカンに寄り添って、毎日なにを語り聞かせているのだろう。この店の猫、ペットショップにしてはみんな反応がいい。筆者が来るだけで寄ってくる子も多いし覗き込むと「遊べ」とゴロンしてくれる子もいる。それにしても見つめられると辛い。ロシアンブルーがチェシャ猫みたいにひたすら見つめてくる。ここにいる猫みんなお迎えしてあげたいくらいだが下げに下げても生体価格15万、さっきの家族の話を聞く限り、いろいろオプションがついて倍以上にはなる。ワクチンやら何やら掛かるのは承知だが、ちょっとこの店は高すぎやしないか。それにこの子たちを買うことは、店に加担することになる。その金でまた別の幼い子を仕入れてくる。
猫と違って犬はみんな元気がない。いろいろなペットショップを見てきたが犬のほうが元気で猫は寝てばかりのところが多い中、この店は多くの犬が眠っている。さっきのチワワも寝たようだ。下段には大柄な体を窮屈に折り曲げて眠り続ける柴犬。もう1歳、走り回ることも、飼い主にわがままを叱られることもなく育ったこの子の値段はまだ強気の価格、店も商売だし個々の生活もかかっているのだろうがこの店、ネットの評判そのままだった。チワワと同じサイズのショーケースに入れられている。
「ほら○○ちゃんを見てるよー」
若い母親が小さな娘を抱っこであやしながら2ヶ月ちょっとの小さなポメラニアンを眺めている。ミニ動物園感覚か。悪気はないのだろうがオシッコまみれのトイレにうずくまるこの子を眺めながら娘をあやす。ペットショップチェーンやショッピングモール、ホームセンターのペットショップでは当たり前の光景、その当たり前がおかしいと思う筆者がおかしいのだろうか。
改正動物愛護管理法では生後56日を経過しない犬及び猫の販売、販売のための引渡し・展示が禁止された。しかし柴犬などの天然記念物に指定されている(柴犬が天然記念物とは意外と知られていない)日本犬はそれまで通りの生後49日、幼犬が多くのユーザーに求められ、高値で売れるのはわかるが改正してもまだ早いのが筆者の考えだ。免疫力と社会性をつけるためにはせめて母親の元にいる期間は三ヶ月欲しい。実際、欧米を始めまともなブリーダーの多くの引き渡しは3ヶ月だ。
このルポは特定の店や客をあげつらうためのものではない。あくまで問題提起のためのルポルタージュだ。一部の良質な専門ショップやブリーダー経由を除けば、どこのペットショップも大なり小なり似たようなもので、それが1兆5629億円という一大産業となった日本のペットビジネスの実態だ。多くの日本人のコンパニオン・アニマルに対する感覚は命を「本体価格」と口にできるほどに昭和のままで、それが生体販売を後押ししている。日本人そのものがペットに対する意識を文化レベルで変えなければ、生後2ヶ月の子が次々と見世物小屋に陳列されては大きくなった先は謎、という闇は解消されないだろう。
閉店後の店舗は薄暗く、クリスマスの飾りがよりいっそう華やかに瞬く。あの60万円のチワワも、マンチカンとアメショーのコンビも、チェシャ猫ばりのロシアンブルーも、ぎゅうぎゅう詰めの柴犬もトイレがベッドのポメラニアンもどんな夢を見ているのだろう。クリスマスプレゼントでも構わない、せめて優しい家族にお迎えしてもらいたいと願うが、それはこの立派な店をより立派にしてしまい、新しい子の仕入れに使われてしまう。コロナ禍で人間が優先もわかるが、コロナ特需のせいでたくさんの小さな命が苦しんでいることも、それがこの国で現在進行系なことも、どうか心にとどめてほしい。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。著書『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)など。