以前は「ウェブ予約の方法がわかりにくい」など、システムに関するクレームが多かったが、現在では「なぜ打てないのか」そして「なぜ足りないのか」とスタッフを問い詰める電話が多いという。
「怒ったり泣き落としにかかってみたり……長い人では2時間も電話口で粘られる方もいらっしゃいますが、我々としてはどうしようもありません。そもそも、私自身も、ワクチンをいつ打てるかはっきりせず、接種券すら届いていない。海外スポーツの試合を見ていると、観客の多くはマスクをしていません。ワクチン接種が進んでいるからだそうですね。そういうのを見てため息をつき、電話では怒鳴られる。ワクチンはいつか打てる、と考えていましたが、環境のせいなのか、本当に打てるのか、と疑心暗鬼になっている自分もいます」(青山さん)
ワクチン接種が遅れれば、こうした市民の不安の増大だけでなく、思わぬ事態も発生している。関東地方在住の会社員・高山正昭さん(仮名・50代)が肩を落とす。
「私は職域接種を済ませました。ですが、実は妻がワクチンに否定的でした。妻は毎日SNS上で情報を収集しているようで、そこで知り合った人たちは皆が反ワクチン。接種券が届いたら破って、それを写真に撮ってSNSに上げるのだと言っていました」(高山さん)
高山さんの妻には生まれつきの持病があり、体も決して強いとは言えない。家族としては一刻も早く妻にはワクチン接種をと望んでいたが、肝心の本人が受け入れない。偏った考え方から距離をおけば、冷静に話し合えるだろうとパソコンやスマホから目を離させるため、ドライブに連れて行くなどしてなんとか説得。7月の頭には、最寄りのクリニックで摂取できる予定だった。しかし……。
「クリニックから電話がかかってきて、予約はしているが、ワクチンの在庫が底をつきそうだと言われてしまいました。どれくらい待てばいいのかもわからないらしく、妻にそう話したところ、見たこともないような形相で怒りだしたんです。ほら見ろ、と」(高山さん)
高山さんの妻は、ワクチンを予約していたにも関わらず打てない、ということに激怒したわけではなかった。ワクチンの在庫が足りない、というのは政府や医療関係者が市民を騙すために行っているデマであり、市民のワクチンに対する渇望感を煽る手法、と考えていたからである。そこまでして政府が打たせたいワクチンとはいったいなんなのか、妻は再びSNS上での「情報交換」を始めてしまったという。
「説得も台無しになりました。妻が疑問に思っている内容は馬鹿馬鹿しいと思いますが、何を言っても陰謀論で返され、呆れて黙っていると言い返せないじゃないと、まるで論破したとでもいいたげに勝ち誇られる。いや、論破はされていませんが、もはや何を言っても無駄というか。あのままワクチンを接種できていればと、悔やんでも悔やみきれません」(高山さん)
現時点で、新たにどれほどのワクチンが用意でき、いつ頃から再び以前のペースでの接種が再開されるのか、はっきりとしたスケジュールは政府から示されていない。その間にも、ワクチンが今まで通りに打てないことに対するストレスが爆発寸前、という人々は増え続け、せっかく抜け出しかかっていた陰謀論に再びハマる、という笑えない事態も起きている。
国民のほとんどが二回目の接種を終えたら混乱は収まる、と考える人も多かっただろうが、変異種の出現によって、三回接種は必須だとなった場合、この混乱にさらに拍車がかかってしまうのか。