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5月14日、帰国便から撮影したインセイン刑務所 (写真/北角裕樹さん提供)

 政治犯たちはそんな中でも、軍に乗っ取られた国の将来を案じていた。あの手この手を使って、外で何が起こっているかを知ろうとし、互いに情報を交換していた。看守に最新ニュースを尋ねることもあれば、裁判で弁護士に会った際に出来事を聞くこともあった。ある元高官の男はミャンマー経済がいかに危機的な状況で、銀行がいつ倒産してもおかしくない状況であるかを、とうとうと語ってくれた。

 何度か看守に連れられ、一般の政治犯が収容されている区画を通りかかったことがある。すると、数人の政治犯がすっと寄ってきた。そして「ウィー・ウォント・デモクラシー(民主主義が欲しい)」「ひどい拷問に遭った」などとささやくのだ。私は2月にも拘束されていたことからミャンマーで有名になっていた。その記者が同じ刑務所に来たことを知り、少しでも自分たちの思いを伝えようとしたのだ。

 政治犯たちは、ここで見聞きしたことを日本で伝えてほしいと私に頼んだ。「自分たちは釈放されたとしても、事実を話せばまた捕まってしまう。日本には言論の自由があるのだろう。君が代わりに伝えてくれ」と。

コーヒーとハトの羽を筆記具に

 私は刑務所での出来事を記録しようとしたが、何度看守に頼んでもペンを持つことは許されなかった。そこで、自分で筆記具を作ろうと思い立った。はじめは、カレーの残りをスプーンの柄につけて書いてみたが、油がにじんでうまくいかない。それ以降、泥、茶葉、ぶどうの汁など何度となく実験を繰り返した。

 刑務所生活は時間を持て余し、退屈である。ペンを開発するという目標があることで、ジャーナリストとして「軍に負けてなどいない」という意気を保てたという意味もあった。最終的には、ブラックのインスタントコーヒーの粉をお湯で溶き、どろどろにした状態のものを、小さなハトの羽を使って書くのが一番だとわかり、日々の出来事をメモしていた。

 そうした刑務所生活は、5月13日、突如として終わりを告げた。刑務所の幹部がやってきて、「明日、君は日本に帰る。荷物をまとめなさい」と言う。はじめは冗談かと思ったが、「10分で用意するように」と促され、本当だとわかった。時間がない中でも、一人一人の政治犯と肩を抱き合い、「事実を伝える」と約束して、刑務所を後にした。

 釈放後、ミャンマーの国営メディアが、「日本との友好関係を考え釈放した」と伝えたと聞いた。国軍側は虚偽ニュースを流した罪だと主張するが、取り調べや裁判ではどの記事が虚偽にあたるのか一度も示されたことはなく、不当でずさんな逮捕と言わざるを得ない。

 1か月間の刑務所生活を経て帰国してみると、ミャンマーの状況はさらに悪化していた。ヤンゴンの友人たちの何人かは武装蜂起の準備をし始めていた。市民側が武装して国軍と衝突すれば、これまで以上の血が流れる恐れがある危機的な状況だ。

 刑務所で会った友人を含め、数千人の政治犯がまだ拘束中だ。日本のパスポートを持つことで特別扱いされ、多くの人の支援を受けて助けられた私は、刑務所の中で苦しむ人のために力を尽くす義務があると感じている。クーデター体制を終わらせ、すべての政治犯が解放されるために情報発信を続けていきたい。

【プロフィール】 北角裕樹(きたずみ・ゆうき)/ジャーナリスト。1975年東京生まれ。日本経済新聞記者や大阪市立中学校の民間人校長を経て、2014年にミャンマーに拠点を移し、ジャーナリストとして活動していた。ヤンゴン編集プロダクション代表。2021年2月にデモ鎮圧の取材中に拘束されたが即日釈放。4月に再び逮捕され、国外追放となる形で5月14日に帰国した。

※女性セブン2021年7月29日・8月5日号

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