「小学生のとき父を亡くしたんですけど、私が覚えているのは、同じ斎場で、まだ幼い男の子の遺影が飾ってあったことなんです。こんなに小さいのに、笑っているのに、死んでしまう。そのときの衝撃はいまも忘れていません。大人になると、よほど大切な人の死以外はそれほど重く受け止めなくなってきますが、人ひとりが死ぬこと、特に理不尽な死というのは、思いがけず多くの人に影響を及ぼしているし、あまり見えてこない、そういう部分を私は小説に書きたいと思っています」
殺人事件の被害者の妻は、対外的には打ちひしがれた表情を見せつつ、インスタグラムの匿名アカウントでは幸せな暮らしぶりを発信するのをやめられない。幸せとは何かについても深く考えさせられる小説だ。
「幸せについては結構、考えます。というのも、私は生きてるだけで苦痛というか、楽しいとかうれしいとかの感情がほとんどないんですよ。ご飯食べるのもめんどくさい、シャワーを浴びると、死ぬまであと何回これ繰り返さなきゃならないんだろうって。唯一、お酒を飲むときだけが、幸せとまではいかないけど、ちょっといい感じになるんですよね。
この小説を書きながら考えたのは、私たちはなんとなく、満たされること、望みがかなうことが幸せと感じるけど、実は幸せというのはすべて手放して何もない状態のことなのかなと、書きながら、この小説に教わった気がします」
【プロフィール】
まさきとしか/1965年生まれ。北海道札幌市在住。2007年「散る咲く巡る」で北海道新聞文学賞を受賞。著書に『完璧な母親』『熊金家のひとり娘』『大人になれない』『いちばん悲しい』『祝福の子供』などがある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2021年12月16日号