殺されたホームレスの女性の指紋は、前の年に起きた殺人事件の現場に残されたものと一致していた。彼女は事件の関係者なのか。遺体は松波郁子という56歳の女性と判明する。子どもはいないが、夫と2人、仲良く暮らしていた郁子が、なぜ家を失い、命を落とすことになったのか。2つの事件を結ぶ糸がたぐり寄せられ、思いがけない真実が明らかになる。
『あの日、君は何をした』は、ラスト近くのどんでん返しが評判になったが、まさきさんは、今回も同じようなどんでん返しを書こう、とは考えなかったそうだ。
「前作は、最後のところで世界が変わった、というような感想をたくさんいただいたんですが、今回はそれを意識しないで、三ツ矢と田所のコンビが出てくること以外は、まったく新しい小説を書くつもりで書きました」
捜査の対象となる人物を呼び捨てにせず、遺体に丁寧に手を合わせる三ツ矢は、警察組織の中では変わり者と見られているが、記憶能力にすぐれ、わずかな違和感も見逃さない。殺人事件の被害者の家の出窓に飾られていたフラワーアレンジメントから、被害者の妻の嘘に気づく。
こんなに小さいのに……その衝撃は忘れられない
シリーズ化は、前作を書く前から念頭にあったという。
「文庫書き下ろしで、という依頼を初めて受けたとき、おたがいが小説家になる前からの友人の朝倉かすみさんに相談したら、『私ならシリーズ化を狙うね』って言われたんです。そのときは実現しなかったんですけど、前作を文庫書き下ろしでと言われ、絶対シリーズ化したいと。それなら魅力のあるキャラクターが必要だなと思って、三ツ矢を人間的にはすごく深いけど、つかみどころのない人物にしました。どういう人がそばにいたら三ツ矢が輝くだろうと考え、若い田所に」
天才肌で説明の足りない三ツ矢に時々、キレながらも必死に食らいついていく田所。ふたりのやりとりはユーモラスで、小説の読みどころのひとつだ。
「誰がいつどのようにして犯行に及んだかは最初に決めていますが、どのシーンを誰の視点で書くか、というのは書きながら考えています。今回は3人の視点で書こうと思ってたのに、書きたい人が増えて7人になってしまいました。
三ツ矢に特殊な記憶力がある、というのは書きながら思いついたことです。思いつくというか、三ツ矢に教えてもらった感じですね。三ツ矢が犯人にたどりついてくれるか、ハラハラしながら、三ツ矢、お願い、って祈りながら書くんですけど、『予測不能』と言ってくださる方が多いのは、そういう描き方が影響しているのかも」
1人の死が周囲の人間に与える影響について、丁寧に書き込まれていることも印象に残る。