麻生氏が河野太郎氏の父・洋平氏(元衆院議長、元自民党総裁)から派閥を継いだ時、河野派(大勇会)の所属議員はわずか11人、それに麻生側近の無派閥議員4人が合流して麻生派(為公会)は15人の弱小派閥としてスタートした。その後、安倍政権下で副総理となった麻生氏は次第に派閥勢力を増やし、2017年に他の3グループを吸収して一気に拡大した。
同年2月に旧山崎派を脱会していた甘利明・前幹事長ら5人が合流、同年5月には山東派(山東昭子会長。11人)と旧谷垣グループを離脱した佐藤氏らの天元会(6人)が合流、この合併で所属議員39人の第5派閥から約60人の第2派閥へと膨れ上がり、派閥の名前も「為公会」から「志公会」へと改めている。麻生派プロパー議員はこう話す。
「派閥の名前を変えたのは、合流組が麻生派に加わることをよしとしなかったから。一緒に新しい派閥を結成するという形でなんとか納得させた」
寄り合い所帯をまとめるために、会長の麻生氏は会長代理に麻生派プロパーの森英介・元法相、佐藤グループ(天元会)の佐藤・前総務会長、甘利グループの田中和穂・元復興相、旧山東派の江渡聡徳・元防衛相と各グループから1人ずつ出して均衡を取ってきたが、麻生氏の古くからの側近グループと甘利氏、佐藤氏、旧山東派議員はそれぞれ仲が良くない。
佐藤氏の動きが“蟻の一穴”となって、麻生派の亀裂が表面化し、混乱に陥る可能性がある。そのキーマンは河野太郎氏だ。
派閥の創設者(河野洋平氏)の長男である河野氏は「麻生派の後継者」と見られているが、昨年の総裁選で麻生氏は当初、河野氏の出馬を“まだ早い”と止め、河野氏の決意が固いと分かると出馬を容認したものの、派内の大勢は岸田首相支持に回った。
あのとき、麻生派内で若手とともに河野支援に回ったのが、今回退会する佐藤氏である。麻生氏は現在81歳、派内では後継者問題がクローズアップされているが、すんなり「河野後継」とはなりそうにない。麻生派OB議員はこう見る。
「麻生さんは洋平さんから派閥を譲ってもらった2代目オーナーではなく、自分の力で弱小だった派閥をここまで大きくしたという強い自負を持っている。『創始者はオレだ』と。だから必ずしも河野さんに大政奉還しなければならないとは思っていない。引退後の派閥会長は義弟(妹婿)の鈴木俊一・財務相に譲ることを考えている」
河野氏にすれば、このまま派閥にいても“部屋住み”の立場を余儀なくされそうなのだ。そのうえ、派内の親河野勢力だった佐藤グループが離脱すれば、ますます派内に居づらくなるのは間違いない。河野支持派の二階派有力議員が語る。