そう言うと小沢はかすかに笑ったような気がした。
「あと、色々ご苦労も多いようですから激励。頑張ってください」
ようやく小沢の表情が緩んだ。と言っても、普通に怖い。
「分かった、分かった。雑談ならいいから普通に話せ」
「私が気になるのは武村さんです。社会党は、どのみち割れるしかない。その時期を先送りしているだけです。だが、武村さんは『さきがけ』を抱えている。官房長官が総理以外に守るべきものがあるとまずい。そこに問題の本質があると思います」
「ふん」と小沢は言った。これは肯定だと思った。そして続けた。
「だから衆院通過までは我慢したんだ。総理が泥をかぶると言ってくれたから、みんな収まった。問題はこの後だ。総理とはいずれ新・新党で選挙ということまでは一致している。さきがけの議員でもそのほうがいいと思っているのがいる。彼はそれが嫌なんだろう。社会党もそうだが、政界再編に行くのか、今の枠組みに留まるのか。この政権の根本問題なんだよ」
そう聞いて私は少し踏み込んだ。
「自民党も割れてはいても執行部は現状維持派です。景気も悪いし予算編成優先だと言って国会を閉じようとしている。官房長官もそう主張していますよね。市川さんは総理に武村を更迭しろと言っているそうですが、ここで体制を変える必要があるのではないですか」
小沢は少し考えて、言った。
「それは雑談の域を超えているな。『与党内で内閣改造論浮上』なんて書きたいんだろうが、まだ早い」
ピシャリと言った小沢だったが、不機嫌な表情は消えていた。
「あと少しで政治改革が仕上がる。それまでは『忍の一字』だ」
そう言って小沢は、ようやく笑みを浮かべた。
特ダネ
一二月三〇日夕刻。私は、東京・赤坂の一ツ木通りをTBSに向けて歩いていた。普段は人通りが多い時間帯だが、今はまばらだ。
TBS会館の前の路地を入るとビルの二階に「ゝ(ちょん)寿司」の看板が灯っていた。店に入ると窓際の小上がりで米沢がすでにビールを飲んでいる。まだ約束の六時前だったが私は「遅くなりました」と声をかけた。すると米沢は「バカモン。俺が早すぎたんだ」と笑った。
この日は珍しく米沢のほうから誘われていた。国会延長がギリギリまで決まらず、年末年始の予定も組めなかった。地元にも帰れず飲む相手がいなかったらしい。
熱燗に切り替えたところで米沢はポツリと言った。
「今日は中條(武彦)さんの葬式だったんだってな」