行司になってよかった
畠山氏が2015年に定年退職して以降、最高位の「木村庄之助」は7年間も空席のままになっている。現在の41代式守伊之助は健康問題に加え、差し違えや土俵からの転落などが多く、これまで昇格が見送られてきたとされる。
これについて畠山さんは「よく聞かれるが、(昇格は)私が決めることじゃないのでね……答えられないよ」とするのみだった。5月の取材で聞いた時も同じ答えだった。そして畠山さんは「ただ、行司は土俵上の勝負判定だけじゃないからね」と付け加えた。
行司には場内放送、顔触れ書き、番付書き、取組編成会議での書記、巡業での会計など様々な役割がある。特に立行司は土俵祭りの祭主、翌日の取組を披露する顔ぶれ言上など仕事は多い。
5月の取材時には、畠山さんが「(行司が)左腰に小刀を帯びている」ことついて言及する一幕もあった。もともとは差し違えがあった時に切腹するためという由来があるが、「そういう覚悟をして土俵に上がっているということです」と話していた。
「勝負判定を間違った時に、いちいち切腹はできないですからね(苦笑)。それでも三役格以上はその日のうちに進退伺を出ださないといけない。1場所で2回の差し違えで謹慎処分が出たケースがあるが、それほど行司の勝負判定は間違ってはいけない。庄之助を9場所、(式守)伊之助を6場所やりましたが、その間に1回も行司黒星(差し違え)はなかった。立行司として約3年間で1度も(差し違えが)なかった。それが私の誇りだね」
37代木村庄之助の畠山さんは、2014年5月場所12日目の豪栄道-鶴竜戦で、鶴竜に軍配を上げたところ、控えの白鵬が右手を挙げて物言いをつけたことで知られる。協議の結果、豪栄道が髷を掴んでいたことで鶴竜が反則勝ちとなったが、「髷を掴む行為は難しい」と振り返っていた。
「行司が(髷を掴んだと)指摘することは少ない。もちろん控えの力士が物言いをつけるのが認められているが、多くの場合は審判が指摘して、ビデオ判定で反則負けかを判断する。反則負けは差し違えとはならないんです」
その言葉からは、畠山さんが「木村庄之助」を勤め上げたことを誇りに思っていることがよくわかった。ただ、今回の取材は5月に比べて声が出なかったり、話の途中で下腹部を抑えながら苦しい表情をするシーンもあった。それでも相撲中継を見ながら「この行司の立ち位置がよくない」と画面に向かって熱心に語りかけていた。
名古屋場所の13日目に亡くなった37代木村庄之助の畠山さん。記者が「行司は大変な仕事ではないか」と質問をぶつけた時には、「行司になってよかったよ。相撲が好きだから」と話していたのが印象的だった。ご冥福をお祈りしたい。
■取材・文/鵜飼克郎