父・友人、消費者金融に借金
沙也香は大学を卒業後、不動産仲介業の仕事に就いた。数年で外資系の会社に転職したが、新型コロナの影響で経営が傾き、リストラされた。しばらく無職の状態が続き、手持ちのお金も底を突きかけ、親に借金した。職場を選んでいられるような余裕はなく、転職したのがIT系の会社だった。
「現状には満足をしていませんでした。貯金もなかったし。親孝行もしたかった。だから常に副業をしたいなとは思っていました」
そんなタイミングで突如として、棚から落ちてきた牡丹餅のような話だった。
何かに目覚めたように、沙也香は続いて50万円を投資する。すべてはトニーの指示通りに取引を進めた。紹介された暗号資産取引所のカスタマーサービスに問い合わせ、担当者から伝えられた日本の銀行口座に入金する。名義は「グェン」などで始まるベトナム人の名前だったが、沙也香は特に気にしなかった。
なぜなら投資した金額がどんどん増えていくからだ。だが、冷静に考えてみて、そんなにうまい話があるだろうか。怪しいと思う部分もやはり、心の片隅には残っていた。その気持ちを沙也香は、トニーにぶつけた。
「友達に聞いたけど、詐欺だと言ってくる。悲しいよ」
「そんな風に考えないで。他の人がどう言おうが、俺はハニーの味方だよ」
親しみを込めて「ハニー」と呼ばれ、トーク上では卑猥な話も飛び出し、「恋愛ごっこ」が始まった。取引の合間には、トニーから甘い囁きも届く。
「あなたのような奥さんがいたら絶対幸せだな」
「あなたの写真を見せてよ。優しそうなあなたを見てみたい」
投資額が大きくなって沙也香が「緊張するね」と伝えると、
「大丈夫、師匠がいるから緊張しないで」「こんな綺麗で優しい生徒よ」
いつの間にか「師弟関係」ができあがっていた。さらに要求される投資額を断りきれず、沙也香は銀行や消費者金融に手を出し、父親や友人にも借金を頼み込んだ。トニーの指示通りに振り込んだ現金総額は、2週間足らずで800万円。購入した暗号資産の価値は確かに上がっていた。だが、引き出そうとすると、カスタマーサービスの担当者から、
「出金手数料が必要です」
と言われる。仕方なく手数料を振り込むと、今度は、
「個人所得税を支払う必要があります」
さすがにおかしいと感じたが、そう伝えても埒が明かない。ようやく疑念が強まり、トニーへ直球勝負に出た。