【書評】『ドキュメント沖縄経済処分 密約とドル回収』(軽部謙介/岩波書店/2625円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
沖縄返還をめぐって、日本とアメリカ両国政府の間で、いくつかの密約が交わされていたことは、よく知られている。外務省機密漏洩事件に象徴される「返還後の核持ち込み」は、その際たるものだが、それとは別次元で沖縄に暮らす人々の生活に切実に関わる密約があった。
こちらは、脇の甘くない大蔵省と日本銀行が担当したこともあり、密約期間中、その存在が漏れることはなかった。「通貨交換」に関する「日米財政密約」である。沖縄で流通していた大量のドルを、返還とともに短期間で円に切り替える。いわば、官製版“プロジェクトX”なのだが、これには難しい技術的問題が山積していた。
そのひとつが、回収したドルの扱いである。これを日本側で管理すれば、「国際収支統計上、米側の赤字要因となり」、機軸通貨としてのドルの威力が低下する。そのため米国側は、回収ドルの焼却を日本側に迫っていたのである。この問題は世論の反発を恐れた大蔵官僚たちの知恵で、焼却を免れるのだが、一方で、やり過ごせると判断した沖縄住民の不利益は、冷たく放置された。
「少なくとも二五年間」と定められた密約期間を終了し、各種公文書等が公表されるようになった時、沖縄で記者としての駆け出し時代を過ごしてきた著者は、「何かの因縁を感じながら」、ワシントン支局勤務のかたわら米国立公文書館に通いはじめる。そして「沖縄における米国の経済・財政上の利益」に関する密約を調べはじめた。
資料収集に加え、両国高官たちへの取材を重ねることで、交渉当事者たちの思惑や心情、そして人柄、さらには彼らの背後に控えていた組織の論理までに迫り、その全体像を描いてみせる。
なかでも、ぞっとさせられたのが、沖縄の要望を最大限聞き入れると公言しながら、すべては「政治的なジェスチャーであり、芝居である」と嘯いた大蔵官僚の姿だ。密約の実態に止まることなく、その中に潜む官僚の生態をも浮き彫りにしている。恐ろしい本だ。
※週刊ポスト2012年6月22日号