電源を入れてから0.95秒で起動、0.12秒でオートフォーカスも機能する。連続シャッターの間隔は0.26秒。徹底した高速化を図ったカシオのコンパクトデジカメが好調だ。
2009年、カメラの開発部署に異動して2年目を迎えた西坂信儀氏(QV事業部・42)は、毎秒30枚という高速連写を可能にした『EX-FC100』を世に送り出した。絶対に売れると信じた自信作だった。
ところが、一部では熱烈に支持されたものの、思うように売れない。西坂はその理由を、家電量販店の販売現場で目の当たりにする。売り場でお客と交わした会話で高速連写に触れたときだった。
「高速連写で30枚撮れたとしても、その中から1枚を選ぶのは面倒だ」
「迷ったら現場に聞け」を信条にしていた西坂には衝撃的だった。悶々とする思いを抱きながら、週末に2人の愛児と公園に出かけ、5歳の長男の、補助輪を外した自転車乗り練習につきあうことに。「補助輪なしで初めて自転車に乗る姿を写真に収めたい」と、ポケットに『FC100』を忍ばせた。
3歳の長女の様子も気にかけながら、長男の練習具合を見ると、補助輪なしで自転車がよろよろと前へ進み始めていた。初乗りの瞬間を逃すまいと慌ててポケットからカメラを取り出し、電源を入れたが、なかなか起動しない。起動しても今度はシャッターが切れない。やっとの思いでシャッターを切ってはみたものの、写真はブレブレ。再度シャッターを切ろうと思っても、直前の写真の画像処理に時間がかかり、次なる撮影ができない――。
長男の記念すべき一生に一度のシャッターチャンスを逃してしまった! こみ上げる悔しさ――。失敗したポイントは3つ。
「起動が遅い」 「ピント合わせが遅い」 「タイミングが取りづらく、次の撮影が可能になるまで時間がかかり過ぎる」
同様の思いを抱いているユーザーはきっと多いはず。カメラ開発担当者としては放ってはおけない。西坂は「真の差別化は本丸にあり!」との考えにいきつく。
デジカメの機能は年々進化。手ブレ防止や超望遠、笑顔を認識するとシャッターが切れる機能も今や常識化してきている。だが、撮りたい瞬間にきれいな写真を撮れなければ意味がない。本当に強化すべきはカメラのベーシックな機能なのではないかと考えた。
西坂はカメラに内蔵されたCPU(*注1)と画像処理回路をそれぞれ2個搭載すれば、従来以上のスピードで撮影と高画質処理が実現できるのではないかと考えた。早速、提案した西坂だったが、「そんな方法があったのか」と驚かれつつも「消費電力が上がり、CPUからの発熱が倍増する」と反対意見が大勢を占めた。
しかし西坂は反対する上層部に対し、本当に強化すべきはベーシックな機能であることを力説した。発熱に対しては、パーツの一つ一つに発熱を抑える素材を起用。また発熱するパーツの隣接を避けるため、細かなジグソーパズルのようにレイアウトを変更して放熱処理を実現していった。
『エクシリムEX‐ZR10』は2010年11月に発売。家電量販店の店頭で「こういうのが欲しかった」というユーザーの声を聞き、西坂の目元が緩んだ。
「この感激を味わうと、この仕事は辞められない」
BCN(*注2)の調査によれば、発売以来、販売数は常に上位に君臨。2011年11月発売の『ZR‐200』、今年6月発売の『ZR‐300』も絶好調で、9月までの販売数は当初計画の2.5倍の10万台。
長男の自転車初乗りの瞬間の撮影を逃してから3年。「普通のカメラで2枚撮る間に4枚は撮れます。長女の自転車初乗りはバッチリ撮れました」
【*注1】CPU:Central Processing Unitの略。パソコンやデジカメで情報処理を司る電子回路のこと
【*注2】BCN:全国の家電量販店、パソコン専門店での実売台数を毎日集計するIT業界の市場調査会社
※週刊ポスト2012年10月19日号