【書評】『アルカトラズ幻想』島田荘司著/文藝春秋/1995円
【評者】川本三郎(評論家)
名作『奇想、天を動かす』で読者を驚かせた島田荘司の新作は、まさに奇想に富んだ奇怪なミステリ。前衛的かつ型破り。こんな結末かと驚きの最後が待っている。
第二次世界大戦が始まった一九三九年に始まる。世界大戦下という設定が大きな鍵になる。ワシントンDCの、ある大学近くの森で、異様な女性の死体が見つかる。木の枝に吊るされ、性器のあたりが無惨に切りとられ、足のあいだから内臓が蛇のように垂れさがっている。
女性は子連れの娼婦とわかる。続いて第二の死体が。こんどは女子大生で同じように木に吊るされ骨盤がノコギリで切られている。連続猟奇殺人、と思いきや捜査が進むと娼婦は心臓麻痺で、女子大生は自動車事故で死んでいたとわかる。死体が切り刻まれていた。
誰がなんのために。ここまでは通常のミステリ。そこから異様な展開になってゆく。四章とエピローグから成るが、この四つの章が一見、なんの関連もなく進む。猟奇殺人の一章のあと、二章になると大学院の学生が紀要に書いた恐竜をめぐる論文へと変わる。
なぜかつて地球には、巨大な恐竜が存在しえたのか。それは地球の重力が現在より小さかったからではないのか。「重力論文」がほぼ二章全体で紹介される。
ついで三章になると今度は、サンフランシスコ湾に浮かぶ、かのアルカトラズの刑務所が舞台になる。その男は脱獄不可能といわれた刑務所にとらわれの身となる。そして脱獄を試みる。四章に入ると、その男が脱獄に成功している。抜け出した先は現実ではなく異界のよう。この章はSFファンタジーの趣き。小説のなかにもうひとつの小説がある。
読者はここまでなんとかミステリを読んで来たのに突然、別の小説へ入りこんだ気分になる。そして驚天動地のエピローグ。詳しく書くことは許されないがここまでは書いてもいいだろう。戦争と原爆、アルカトラズとわが日本の軍艦島(端島)が結びついた時、この傑作の全容が……。
※週刊ポスト2012年11月23日号