富士宮市から見た「尖った富士山」
江戸時代後期に活躍した葛飾北斎の『富嶽三十六景』は、関東各地の風景とそこから見える富士山の姿を写し取ったものだ。そこに描かれている富士山の大半は、なだらかな稜線が続き頂上が冠雪した姿で、われわれ日本人の心象風景と重なる。だが、実際の富士山はそれほど単調な姿ではない。
山体の西面側には、山頂付近から2kmにわたって、幅500m、深さ150mにも及ぶ「大沢崩れ」と呼ばれる大規模な侵食谷がある。また、南東斜面には、1707年に起きた最後の大噴火「宝永大噴火」の火口跡があり、山肌が大きく抉り取られている。噴火当時は江戸の町にも大量の火山灰が降り注いだという。
さらに角度を変えれば、富士山はまったく異なる顔を見せてくれる。たとえば、ここで紹介する写真は南西方向(静岡県富士宮市)から撮影したものだが、中央アジアの高峰を想起させる猛々しい姿である。いきなりこの写真を見せられて、富士山だと判別できる人は少ないだろうが、地元の子供たちは富士山というとこのような尖った山を描くという。
今月下旬に予定されている世界遺産登録を機に、これまで知られてこなかった新たな富士山の一面をご鑑賞あれ。
撮性■太田真三
※週刊ポスト2013年6月14日号