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為末大氏 歴史家の名著に刺激され体罰より遊びが大切と確信

 社会問題となった「体罰」。まだ明快な解が共有されたとはいえないだろう。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が、話題書に触れながらレポートする。

 * * *
 400mハードルで世界的に活躍した元陸上選手・為末大さんが、新刊『「遊ぶ」が勝ち 「ホモ・ルーデンス」で、君も跳べ!』(中公新書ラクレ)を出しました。その刊行を記念して、6月3日、トークイベントが八重洲ブックセンターで開催されました。

 会場では、為末さんと柔道指導者・筑波大学准教授の山口香さんが熱く対論。今、社会問題になっている「体罰」についても独自の視点からのコメントが飛び出し、新鮮なトークで盛り上がりました。

為末大さん「体罰は、外からの圧力によってがんばるという、受け身的な発想から生まれてくる。逆から言えば、選手一人ならば怠けてしまうということ。そうした、上下関係による一方通行性と、外の風が入らない閉鎖性とが重なりあって、日本のスポーツ界に体罰が温存されてきた。しかし、スポーツとは本来、自発的なもののはず」

山口香さん「指導者ができることなんて、わずかしかないということを指導者自身が悟らねばならないと思う。選手の可能性を伸ばすのは私と、指導者が全てを背負おうとする悲壮感から、体罰というものが生まれやすい。指導者の思いこみをなくすることが大事」

 ポイントは、選手の「自発性」。スポーツとは押しつけられるものではなく、その根底には「純粋な喜び」や「遊び感」があるはず。そんな原点が、二人のトークから浮き上がってきました。

「スポーツの根本は遊びである」。そう言うと、まだまだ日本では抵抗感を抱く人も多いのが現状でしょう。しかし、為末大さんは新刊『「遊ぶ」が勝ち』の中で明言しています。

 過酷な状況の中で自分が何とか走り続けてこられたのは、その根底に遊び感があり、子供のような喜びがあったからだと。

<遊びについて考えることは、僕にとって、生きることについて考えることと同じ>
<(遊び感と自発性という)視点を日本のスポーツ界が取り入れていくことになれば、選手の育成方法も、コーチと選手の関係も、そして暴力による「体罰」についても、必ず変化していくだろう>(同書)

 遊びを現す「PLAY」という単語。その一言も噛みしめると実に面白いことが見えてくる、と為末さんは述べています。「遊ぶ」はPLAY、「競技する」もPLAY。音楽を「演奏する」こともPLAY。英語で陸上競技場はplay ground。遊び場と一緒。スポーツ競技は、本質的なところで「PLAY」に通じている要素がある。

<競技には、パフォーマンス的な部分がたくさん含まれている。たとえば、人前で磨きあげた自分の身体の凄さを観客に披露する。普通の人ができないようなすごい技を、競技場という舞台の上で「見せつける」。スポーツの実況中継では、「役者が揃った」とか「勝負の舞台」という言葉を頻繁に使う>(同書)

 思わずなるほど。私たちが想像している以上に、スポーツと遊びには重なり合う要素が多いのか、と納得。私も編集協力者として本作りに参加した一人ですが、制作過程で為末さんの斬新な発想に出会い、目から鱗が落ちました。

 ではそもそも、「遊び」とは何なのか?

<はっきりと定められた時間、空間の範囲内で行われる、自発的な行為、もしくは活動である。それは自発的に受け入れた規則に従っている>(『ホモ・ルーデンス』)

 ホイジンガという歴史学者はそう定義しています。実はホイジンガの『ホモ・ルーデンス』という本は、為末さんが常に座右の書としている古典なのです。為末さんは新刊本の中でホイジンガの言葉を随所で引用しながら、仕事や学び、人とのつきあい、コミュニケーションの中で「子供のような無邪気性や遊び感がいかに大切か」「遊びに新しい局面を拓く力がある」と説いています。

 とどまるところ、生きることすべてのモチベーションの湧きどころは遊び感にある。「侍ハードラー」為末大はそう言うのです。

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