それにしても、なぜ童貞が以前より取り上げられるようになり、あれこれ言及されるのか。たいていの童貞トークは、「童貞が増えている」ことを前提としている。だから社会的問題だとも言っている。本当にそうなのか。
増えているかどうかは、とりあえず統計を参考にするしかないのだろう。一番信用度が高そうで、かつ、継続的に調査を続けているのは、国立社会保障・人口問題研究所がほぼ5年おきに実施している「出生動向基本調査」だ。その中に「年齢別にみた、未婚者の性経験の構成」がある。「あなたはこれまでに異性と性交渉をもったことがありますか」という質問の回答を集計したものだ。
以下に、過去全6回分の調査結果を転記する。年齢別に未婚者の中に占める性経験なしの人たちの率(%)が算出されている。調査実施年は、1987→1992 1997→2002→2005→2010だ。じっくり見てほしい。
・18~19歳…71.9→70.9→64.9→64.2→60.9→68.5
・20~24歳…43.0→42.5→35.8→34.2→33.6→40.5
・25~29歳…30.0→24.8→25.3→25.6→23.2→25.1
・30~34歳…27.1→22.7→23.4→23.4→24.3→26.1
さて、童貞率は上昇しているか? 各年代とも最新の調査結果である2010年の数字は、前回2005年のものより上がっている。特に、18~19歳が60.9→68.5、20~24歳が33.6→40.5と大幅アップ。若い童貞は増えている。
でも、直近データばかりに注目しないで、全体を見たい。ここ20数年で、各年代とも基本的に童貞率は低下してきた。私がこのデータで最も驚いたのは、1987年の調査結果だ。直近の2010年のものと比べても、18~19歳は71.9→68.5、20~24歳は43.0→40.5、25~29歳は30.0→25.1、30~34歳は27.1→26.1と、どれも童貞率は昔のほうが高かったのだ。
昔と言っても、1987年はバブル前夜である。1月には日本で初めて女性エイズ患者が確認、死亡し、100人以上の男性遍歴があったと明かされ、ちょっとしたパニックがおきた。3月には「アサヒスーパードライ」が発売。今でいう肉食系男子(中年)のイケイケなイメージが好評だった。8月には、急増するジャパゆきさん(主として性風俗で日本に出稼ぎに来る東南アジア人女性)対策で日本とフィリピンが協議機関の設置を決めた。
9月にはおニャン子クラブが解散したが、彼女らの代表番組「夕やけニャンニャン」の「ニャンニャン」は「性行為」とも解釈されており、若者の「性の乱れ」はすでに問題視しても意味がないほど一般化していた。11月には、野村証券が初の利益日本一に。バブル景気で人々は浮足立っていた。現在よりもずっと日本人全体がギラギラ脂ぎっていた。
なのに、童貞率は当時のほうが高かったのである。処女率は、もっともっと高かったのだが、話がややこしくなるので略す。とにかく、日本の男たちは今より遊んでいたイメージなのだが、性経験のない人の率も実は今以上に高かったのだ。
まわりはイケイケでギラギラなのに、自分はまだ童貞。当時は今よりずっと童貞が蔑まれていた。女知らずは半人前という価値観が支配的だった。高校生ぐらいまでなら、高村光太郎の詩「道程」中の〈僕を一人立ちさせた広大な父よ〉を〈僕を朝立ちさせた巨大な乳よ〉などに替えて、「これモロ童貞ポエム!」と笑っていればいいのだが、大学生になって、社会人になって、30過ぎになって童貞のままでは、プレッシャーがすごい。童貞当人はえらく辛かったに違いない。だからこの頃から男性誌でのハウツーセックス特集がよく組まれるようになった。