第二次大戦は1945年に終わるのだが、終わってすぐに平和が訪れたわけではない。混乱、飢餓、復讐の殺戮。新たな戦争というべき惨事が世界各地で起きた。
オランダ生まれ、アメリカで活躍する歴史家、イアン・ブルマの『廃墟の零年1945』は、戦争が終わったあとのもうひとつの惨劇を描き出したノンフィクション。ヨーロッパのことだけではなく日本や中国で起きたことにも目を配っている。
ドイツが敗北するや、敗戦国のドイツ人にこんどは戦勝国の人間が暴力をむきだしにする。軍人が捕えられ処刑されるのはやむを得ないにしても、民間人にも襲いかかる。女性はレイプの犠牲になる。とくにソ連軍がひどかった。
スターリンは、血と炎の数千マイルを行進した兵士たちには「女と少し楽しむ」資格があると言ったという。
ナチスによる占領時代、ドイツ人に協力した人間には容赦なく制裁が加えられる。フランスでは対独協力者の女性がリンチ同然で殺される。
日本の戦争孤児や「パンパン」のことも語られる。中国から引揚げてくる時、日本の民間人が悲惨な目に遭ったことも。さらに小津安二郎監督の「風の中の牝鷄」(1948年)も紹介される。抑留された夫(佐野周二)を待つ妻(田中絹代)が、病気になった子供の医者代のために一夜だけ身体を売る。
話に広がりがある。死者の数が随所で示されてゆく。戦争が終ったあと、こんなにも多くの人が死んでいったのかと驚く。
日本では「パンパン」。ドイツでは「廃墟ネズミ(ルイーネンモイシェン)」。売春があれば当然、性病もある。ドイツ進駐米兵のあいだには「VE[ヨーロッパ戦線勝利]の後にVD[性病]が続く」という言葉が流行ったという。フランス駐留の米兵たちは教育用に「いい女はVDを持っている」というドキュメンタリー映画を見せられた。
また収容所から解放されたユダヤ人たちが厄介者扱いされた事実にも触れられている。戦勝国のあいだにさえユダヤ人差別はあった。
「世界はあの廃墟からどのように立ち直ったのか? 数百万人が飢え、あるいは血の復讐に夢中になっているとき、何が起きるのか?」。著者のこの問いは、1945年という過去に向けられるものだけではなく、現在でもまだ生きているだろう。
文■川本三郎
※SAPIO2015年10月号