5月19日、東京と兵庫で、いずれも騒音トラブルが原因と見られる殺人事件が発生。改めて近所付き合いの難しさを感じさせる事件が関心を集めている。ご近所トラブルというとまず浮かぶのは騒音だが、時には“匂い”が原因となることもある。近所の製菓工場に建設される際、これに反対することはできるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
自治会で説明されたのですが、自宅の近くに製菓工場が建設されるそうです。問題は操業中に甘い匂いが漏れ出してしまうことで、洗濯物などに甘い匂いが染み付くのではないかと心配しています。このような危惧が解消されない限りは、やはり工場建設反対の準備を進めたほうがよいと思いますか。
【回答】
世の中から臭気をなくすことは無理ですから、お互い様で多少の匂いは我慢すべきものです。これを受忍限度といい、受忍限度の範囲を超えたときに不法行為になります。受忍限度は、社会良識で判断されますが、臭気は主観的な要素が強く、風向きや風速などにも左右され、難しい要素があります。
臭気を取り締まる悪臭防止法は、事業者の排出するアンモニアなどの一定の悪臭物質の許容限度を定めることを自治体に義務付け、事業者にその順守を求め、違反して住民の生活環境を損なった時などには改善を勧告し、違反すれば処罰します。
東京都では条例で、商業地、住宅地などの地域ごとに分け、臭気の排出口の大きさや高さに対応させて臭気指数という数値基準を定めています。もっとも、違反で直ちに不法行為になるものではなく、いろいろな要素が加味されます。
甘い匂いは、この悪臭防止法の対象ではありませんが、カスタードクリームの匂いを近所に漂わせ続けた菓子工場に対し、近隣住民が損害賠償を求めた事件がありました。この件に関して裁判所は、
「不快と感ずるかについては個人差が大きいものと考えられるから、一般人をして不快にさせるものとは直ちにいえない」
としつつ、当該工場に大きな騒音や建築基準法違反もあり、悪質であることなどを踏まえ、
「音やにおいによる不快感は、短時間であればともかく、長期間にわたり、日中、継続的なものである場合には、かなりの苦痛となるものと認めるのが相当」
であるとして受忍限度を超えた不法行為になると判断し、慰謝料の支払いを認めました。今回の場合、工場の密閉度を強め、ダクトを高くするなど近所への強い臭気を防止することもできそうです。行政に相談し、工場側と交渉されてはいかがでしょうか。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年6月3日号