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2016.12.09 07:00  週刊ポスト

【書評】1922年測量の地図と92年の衛星写真の情報で択捉へ

【書評】『地図マニア 空想の旅』/今尾恵介・著/集英社インターナショナル/1300円+税

【書評】関川夏央(作家)

 択捉島は全長二百キロ、神奈川県の三割増しという日本最大の離島である。その中部太平洋岸の天寧プレヴェストニク空港へ、著者は新千歳空港から小型機で飛んだ。択捉は人口過疎、天寧集落もロシア人世帯七軒、日本人世帯二軒があるばかりだ。集落が面した単冠湾は、一九四一年晩秋、ハワイ真珠湾奇襲をもくろむ連合艦隊がひそかに集結した場所だ。

 著者は飛行機の到着に合わせて走る一日二便のバスで、日ロ両国人のまばらな乗客とともに約一時間南下、入里節からは二十分ほどで島を横断してオホーツク海側の内保に達した。

 ここで下車、一軒だけ蕎麦屋があったので昼食に択捉名物ピロシキ蕎麦を食べた。そのあと、山自体が半島をなす美しい山容の阿登佐岳(一二〇五メートル)ふもとの神居古丹集落までレンタサイクルを走らせた──

 実はこれは現実の旅ではない。二〇三五年、ロシア住民付きで返還されたとする北方領土、その三年後の夏の「空想の旅」なのだ。一九二二年測量、五万分の一択捉島地図に、九二年、衛星写真で得た情報を別色で加刷して発行した地図を旅した。

 そのほか、昭和三十二年の京葉地区、大正時代の小田原―熱海軽便鉄道、昭和十年の鶴見臨港鉄道などを当時の地図で旅した。また外国の精密な地図で、著者が行ったことのない外国の街を歩いて旅行記を書いた。

 今尾恵介はベストセラー『日本鉄道旅行地図帳』『日本鉄道旅行歴史地図帳』(新潮社)の監修者、地図の専門家として名高い。その鉄道地図に今尾恵介は、線路の急勾配25パーミル(1000メートル走って25メートル登る)以上の区間をあえて赤く着色した。

 地図を「読む」のが好きな人は、鉄道の勾配が好きだ。坂道も等高線も好きで、扇状地も河岸段丘も好きだ。さらに会戦における両軍配置図も好きで、そのような「地図の文学化」の最高の成果は司馬遼太郎『坂の上の雲』であろう。

※週刊ポスト2016年12月16日号

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