佐藤:政府は交渉を拒否し、香田さんは斬首され、動画も公開された。しかし、世論の批判はまったくなかった。自己責任だから仕方がない、というわけです。
片山:一般市民を見捨てた国家を国民が容認したとも言える。
佐藤:その通りです。香田さんと対照的だったのが2003年にイラクで2人の外交官が殺害された事件【※注3】です。彼らは国葬に準ずるような扱いを受けた。
【※注3/2003年11月29日、イラクに派遣中の日本人外交官2人とイラク人運転手が日本大使館の車で移動中に何者かに射殺された事件】
片山:9・11以後、全世界が準非常時に入った。そんななか日本は自由放任主義社会に向かっている。そこが相まって、一般市民の死は自己責任で、外交官の殉死は顕彰されるという空気が醸成されたわけです。
佐藤:そもそも外交官は命よりも職務遂行を優先しなければならない無限責任を負います。一般市民と違って、殉職する危険性をともなう職業なんです。
2つの事件は、一般市民と外交官ではどちらの命が重いのかという問題を突き付けた。さらに踏み込んで言えば、一般市民と外交官の命の重さが逆転したことを示す出来事だった。
片山:となると分水嶺は、はじめて自己責任を問われた3人の人質事件ですね。そして、いまや日本は自己責任がスタンダードな社会になってしまった。
●かたやま・もりひで/1963年生まれ。慶應大学法学部教授。思想史研究家。慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞。近著に『近代天皇論』(島薗進氏との共著)。
●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主な著書に『国家の罠』『自壊する帝国』など。共著に『新・リーダー論』『あぶない一神教』など。本誌連載5年分の論考をまとめた『世界観』(小学館新書)が発売中。
※SAPIO 2017年11・12月号