【著者に訊け】森絵都さん/『カザアナ』/朝日新聞出版/1700円+税
【本の内容】
〈風穴? ええ、ええ、風穴のことでしたら、しかとおぼえております。おぼえておりますとも〉──。およそ850年前、女院八条院が愛した不思議な力を持つ風穴たちの話から始まる。そして今から20年後、近未来日本で人気となっている造園会社「カザアナ」の代表を務める不思議な力を持つ3人の末裔と、規制でがんじがらめになった社会に暮らす里宇が出会ったところから、歴史と未来が重なって物語は前に進み始める。
舞台は約20年後の日本。オリンピックが終わり、期待したほど経済効果が生まれなかった挙げ句に「観光革命」という奇策に打って出る。意表をつかれるが絶対ないとも言い切れない、少し先の未来の社会を描き出す。
「未来の話を書くのは初めてです。新しいものに挑戦してみたかったのと、東京オリンピックがだんだん近づいてきて、みんなが漠然と不安を抱いているようにも感じていたので、少しその先を想像してみよう、と思ったんです。
あんまりそうなってほしくないシビアな世界を描いていますが、だからこそエンターテインメントとして、読者に楽しんで読んでもらえるように書きました。ユーモアって、社会が閉塞的になっていくとき、ひとつ穴をあける要素だと思うので」
ドローンカイトが監視の網を張り巡らせ、仕事もボランティア活動も点数化され「参考ナンバー」として蓄積される。観光特区では個人の住宅整備にもさまざまな制約を課せられている。
息苦しさを抱えた街で暮らすのが、父はアイルランドと日本のミックス、母は日本人という、里宇と早久。画一化が進む社会からはみ出す姉弟が、自然を操る不思議な力を持つ3人の男女と出会って物語は動き始める。庭師として働く3人は、かつて「風穴」と呼ばれていた怪しき力を持つ者たちの末裔だった。
「テクノロジーが発達していろんな新しい機器があふれている中で、鳥とか虫とか、自然のものたちがすごくアナログな活躍をする話です。『風穴』はもちろん架空の存在なので、何か重みというか根拠を与えたくて、歴史上の人物がからんでくる構成を考えました」
家庭から学校、街へと回を追うごとに舞台は広がり、最後はアメリカ大統領も登場する。ただし、権力と対決するのは「風穴」ではなく、「ヌートリア」と呼ばれる地下組織だ。
「風穴が、正面から対決するのでは、結局、力と力のぶつかり合いにしかなりませんよね。それはそれで息苦しい気がして、小説の中の『風穴』は、対決構造に横からちょっと穴をあけるぐらいの存在として描いています」
◆取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2019年10月24日号