太閤秀吉、人生最後の「幻の城」を京都で発見
謎の巨大寺院とは逆のパターンが、京都御所の一角で昨年から今年にかけて発掘調査が行われ発見された「石垣と堀の跡」である。これが、豊臣秀吉が亡くなる前年の1597年、人生最後に手掛けた城郭の遺構と判明した。当時の記録によれば城郭の正式名称はなく、単に「太閤御屋敷」などと呼ばれ、後世の研究者は「京都新城(しんじょう)」と称していた。
京都市埋蔵文化財研究所の発表(5月12日)によれば、具体的な形状は不明ながら、敷地面積は甲子園球場約8個分にあたり、同じく秀吉が手掛けた大坂城や伏見城に勝るとも劣らない巨大城郭であったという(『朝日新聞』5月12日付)。専門家のあいだからは、「日本の城の発掘で今世紀最大の発見」との呼び声も挙がっている。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)など著書多数。近著に『人類は「パンデミック」をどう生き延びたか』(青春文庫)、『どの「哲学」と「宗教」が役に立つか』(辰巳出版)などがある。