政治家やタレントなど著名人の受刑者も多く服役した黒羽刑務所(栃木県大田原市)。51年の歴史を持つ同刑務所は、その規模などからかつて「東洋一の刑務所」と呼ばれたが、老朽化や受刑者の減少に伴い、今年3月に閉庁された。ドラマ『六本木クラス』のロケ地にもなった同刑務所内部への潜入取材が実現。刑務官の案内のもとで刑務所内を歩きながら、受刑者の1日のスケジュールを解説してもらった。【前後編の後編。前編を読む】
起床は、朝6時半。ひと一人が寝転がっただけで床いっぱいになってしまう、狭い独居房のスピーカーから、小鳥のさえずる音が流れる。刑務官の「起床!」という号令が響く10分後の点呼までの間に、布団を畳んで壁際に寄せ、ほうきと雑巾、ブラシで便器と室内を掃除する。
点呼の後、朝食(配食から食器洗いまでを含めて)を挟んで、7時半には工場に移動する「出役(しゅつえき)」だ。工場に入ると、まずは更衣室で作業服に着替える。更衣室の内部は獄衣(普段着)を脱いで掛けるスペースと、作業服が掛かっているスペースに分かれており、その間に刑務官が立っている。かつては、ここで“カンカン踊り”がおこなわれていた。黒羽刑務所で総務部長(取材当時)を務める吉川和成さんが説明する。
「現在は、全裸での検身(不正に隠し持っている物がないかどうかを確認する)はやりません。原則として、下着をつけたままの検身ですね」
午前中の刑務作業は、8時から昼の12時まで――所内にある12の工場では様々な製品が作られていた。古くは、ステンドグラスのランプスタンドや釣り竿、羽毛布団。最近では携帯電話の部品や電気のスイッチなどである。
工場が稼働しているこの時間帯に、別の受刑者たちは敷地内の「炊場」で、黒羽刑務所から約30キロの距離にある喜連川(きつれがわ)社会復帰センターや周辺の刑事施設なども合わせた数千人分の配給食を作っている。
これまで日本全国の刑事施設を回り、500回超の慰問ライブ(プリズン・コンサート)をおこなってきた音楽ユニット・Paix2(以下、ペペ)のふたりは、受刑者たちの暮らしぶりを目の当たりにしてきた。そのたびにワンルームマンションより広い冷蔵室や巨大な調理器具を目にし、圧倒されてきたという。黒羽刑務所を案内してくれた、ぺぺの井勝めぐみさんが「病食」と書かれたキッチンスペースの一角に目を留めると、首席矯正処遇官の小川貴史さんがこう説明してくれた。
「受刑者の中には、糖尿病をはじめとした持病を持つ者も少なくありません。彼らのための食事が混ざらないように、調理する場所も分けているんです。黒羽の炊場はPFI(民間事業者との共同事業)で、味の評判も良かったですね」
昼食は、12時から40分間。その後、12時40分から14時30分までの刑務作業が終わると、グラウンドでの運動が許される(30分間)。妙に写真映えする青空トイレは、せっかくの運動時間を用便の往復で消費せぬように、との配慮と要請で設置されたものだったそうだ。
ひと汗流したところで、夏は週3回、冬は2回の入浴時間がやってくる。ステンレス製の浴槽には、1度に50人が入る。ここでは、座り込まずに中腰で浸かるのが規則だ。入浴時間は15分の入れ替え制で、5分毎に電光掲示板で示される。なお炊場や営膳(施設の修理や土木作業)に従事する受刑者たちは例外で、たとえば炊場にはそこで作業する者のためだけに、独立した浴場が備え付けられている。
入浴後、16時40分までにすべての受刑者は独居房、雑居房に戻り、10分後には点呼。17時から30分間の夕食を終えると、ラジオ放送が流れて自由時間が始まる。ぺぺの北尾真奈美さんが説明する。
「雑居房だと、チャンネル争いがあって好きなテレビ番組も見られないそうです。独居房だとその心配はないし、勉強するにしても、手紙を書くにも落ち着けるという話は、よく受刑者の方から聞きます」