和久郎は25歳。同じ大野村出身で、賄補佐も務める三番水夫の〈門平〉に水をあけられたのも、和久郎がかつて船大工を志しながら、修行先で悩み、挫折したからだ。が、そんな彼が船に乗れるよう口を利いてくれたのも門平で、力は強いが口は重い和久郎と、〈船乗りは、船の上に自前の店をもつようなものなんだ〉と廻船業の面白味を語る聡明な門平は昔から馬が合った。

 颯天丸は陸沿いに寄港と風待ちを繰り返す〈地乗り航海〉の廻船で、この時も寛文8年10月に江戸を出ていったん下田に寄港。再び下田を出た11月4日の夜に〈大西風〉と呼ばれる突風に煽られ、黒潮に呑まれた後、黒潮再循環流という南西に逆行する流れに乗り、バタンまで運ばれたらしい。

 その間、磁石も持たない船頭以下が、帆柱を切り、荷を捨て、または髷を落として〈船魂さま〉に捧げる様を西條氏は克明に活写し、〈暇は隙になり、隙には気鬱が宿る〉からこそ相撲や〈歌会〉を催し、事がうまく運べば全て〈神仏のおかげ〉とした船頭らの知恵と工夫は、中でも興味深い。

「私も会社に20年いたので、いろんな人の技量が事態をうまく回す話は好みですし、何事も合議制で決めていたのは事実らしく、とにかく一々〈神籤〉を引くんです。でも考えてみるとそれが一番平等を保てる方法で、全部神様のせいにした方が、誰かの責任にしなくて済む。自暴自棄に陥る隙を与えないよう気持ちをうまく散らしてあげるのも、上の人の役目なのかなと思います」

なぜ1人だけが島に残ったのか

 四番水夫の〈徒佐八〉がかつて見たという漂流船の逸話も忘れ難い。遺体には明らかに仲間と争った跡があり、〈誰も彼も獣みてえな面相で死んでんだ〉〈せめて人として、あの世に送ってやるのが人の道だと、頭は仰っていた〉と彼は言い、不満分子の襲撃から頭を守ろうと和久郎を護衛に誘う。実はそれを促したのは門平で、〈おめえには、素直な耳がある〉という友の評価に又聞きながらも励まされた和久郎は、不安に苛まれた者の声に真摯に耳を傾け、〈船に修羅が降る〉事態を避けることに一役買うのだ。

 そもそも一見端正で滋味深い江戸の人情噺に、突如、人間の愚かさや惨いほどの闇が顔を覗かせる西條作品は、まさに板一枚の世界。

「イイ人や人格者って書きづらいんですよね。欠点も相応にある方が書いていて面白いし、主人公も豪快な船乗りどころか、現代風のモチョモチョ悩む系男子になってしまいました(笑)」

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