バブル崩壊後の景気低迷や、団体旅行から個人旅行へと変化した市場のニーズに対応できず、9割以上が赤字経営で苦しんでいるといわれる日本旅館。
そんな日本の文化を守ろうと、異業種から旅館再生に取り組む会社がある。顧客利便性の高い金融サービスを圧倒的な低価格で提供するネット証券のGMOクリック証券のグループ会社で、投資支援、事業再生を行なうGMOクリック・インベストメントだ。
「経営不振に陥っている旅館のなかには、風光明媚な土地柄でいい温泉を持つ宿も少なくありません。私たちが証券業で培ったノウハウをアレンジすれば、再生できるんじゃないかと思い、チャレンジすることにしたんです」
と、プロジェクトのリーダーを務める白旗慎吾氏はいう。
そんな彼らがいち早く目をつけたのが、早咲きの“河津桜”で有名な伊豆・河津町の老舗高級旅館『玉峰館』。現存する最古の記録によれば、宝亀10年(779年)に「花田の湯」と呼ばれる霊泉が湧き出して多くの名僧が浴したという伝説の湯。
その後は荒廃していたが、地元の名士・稲葉時太郎が温泉採掘に情熱を注ぎ、大正15年11月22日に地上50メートルもの高さに噴き上がる熱泉(峰温泉大噴湯)を掘り当てた。その稲葉が、峰温泉を代表する高級旅館として開業したのが『玉峰館』だ。
趣がある門構えや建物は残して改装する一方、離れや浴場棟、日本庭園を新設。昨年3月から1年余りをかけて念入りに準備を進めてきた。
白旗氏の下でこのプロジェクトを仕切ったのが、GMOクリック証券を4年連続で顧客満足度1位に導いた経験を持つ沢田ちかこ氏。コンセプト作成から主要な客層の設定まで、中心になって計画を練り上げた。
「生まれ変わった玉峰館は、30~40代の女性が本当に寛げる旅館をコンセプトにしています。例えば、恋人としっとりしたいときは離れ、遅くまでみんなで語り合う女子会なら畳の和室、温泉を満喫されたいご夫婦には、大浴場2か所、貸切露天3か所をお愉しみいただく。シーンに応じて使い分け頂けるように工夫しました」(事業企画室マネージャー・沢田ちかこ氏)
部屋のタイプによって料金は異なるが、2~4万円台とニーズに合わせて幅広く選べる。「広告を打たなくても売れる旅館にしたい」と30代女性のクチコミ力にも期待する。
その一方で気になるのは、既存の日本旅館との差別化だ。GMOクリック証券グループにとって温泉旅館の再生事業は初めてのこと。異業種の同社が手がける意味はどこにあるのか。目指す旅館像について訊いた。
「老舗旅館では“仲居さんに会いに来る”という理由でリピーターになるお客様が多いんです。でも最近はプロの仕事ができる仲居さんが少なくなっているのが実状です。そこで、中途半端なサービスの見直しも効率化の一つの手と考え、あえて仲居制度を廃止して、お客様のプライベートな時間を大切にしました」(沢田氏)
日本旅館といえば料理も楽しみの一つだが、ここにも常識破りの工夫を凝らした。コースのなかから宿泊客自身が好みの魚や肉料理を予約時ではなく、その場で各一品ずつ選べるプリフィックス方式を採用。好みに応じて調理法も変え、自分だけのおもてなしを味わえる。
「ダイニングのカウンターでお客様と向き合い、ライブ感たっぷりに作りたての料理を召し上がっていただきたい。伊豆は食材の宝庫なので、魚はもちろん、肉もあまぎ軍鶏が堪能できます。伊豆の食文化を丸ごとお伝えしたいのです」
日本料理の「なだ万」などで腕を磨き、神楽坂「來経」で料理長を務めた、立石真平氏は自信を覗かせる。
ダイニングで食事を提供することで、より細やかなサービスをすることができるうえ、結果として人件費も削減できて運営を効率化できるという。
※週刊ポスト2013年6月21日号